おしゃべりキャラが多すぎる『デッドプール&ウルヴァリン』に字幕翻訳者も一苦労?「早すぎて読めない!と迷惑になってないといいなあ(笑)」
「英語の知識より、大事なのは日本語力だと思います」
――先程の話題にも出ましたが、字幕の文字数に制限があるなかで、特に重視していることはなにかありますか?
松崎「まず大事にしているのが“1秒4文字”の原則に囚われすぎないことですね。今作ではものによっては1秒に8文字使っているところもあります。翻訳者によって考え方はいろいろありますが、私は多少はみ出ても情報を多く入れたほうがいいと思っています。また、もう一つの制限として1つの画面に1行で大体14文字、それが2行で大体24文字というものがあります。その字幕の切り方を工夫して、間のあるセリフに先のセリフのところには入り切らなかった字幕を組み込むことで違和感なく読めるようにしたりすることもあります。もちろん違和感が出てしまうこともあります。2人が喋るシーンでも、組み合わせて1つの字幕にしちゃうなんてこともあります。どこからどこまでを1枚の字幕にするのかという見極めも、字幕翻訳では重要になりますね」
――ちなみにそういった字幕の割り方の指定は通常どうやって行っているんですか?
松崎「英語の台本上で、翻訳者がここからここまでを1枚の字幕、と指定していますね」
――字幕翻訳ならではの難しさはどんなものがありますか?
松崎「文字数制限などがあるなかで、どこからどこまでの情報を出すかという取捨選択が難しいですね。例えば“いつ・どこで・だれが・なにを”といった情報のなかで、“どこで”を切っても大丈夫か、“だれが”を切っても話が通じるかなどの見極めが大事となります」
――吹替もたくさん手掛けられていますが、吹替の翻訳ならではの難しさはどんなものがありますか?
松崎「吹替の場合、同じ1秒でも文字とは違って4文字以上入れても大丈夫なことが多いんですよ。その一方で、画面に写っている口の動きに合わせる必要があります。早口に喋る場面だと20文字くらい突っ込めることもありますが、逆にゆっくり喋っていると4文字すら入らないなんてこともあります。話している途中に笑ったり、口ごもったりすることがあれば、それも反映する必要があります。そのあたりが難しいところですね」
――吹替の場合は収録の現場に立ち会うこともあるのでしょうか。
松崎「ありますね。吹替は演出の方のものなので、基本的に翻訳を完成させ、打ち合わせをして台本という形にしたら、こちらがあとからなにか言うことはありません。しかし逆に演出側から、違う表現にしてほしいという要望を受けることはありますね」
――字幕翻訳にかけられる制作期間は、一般的にはどれくらいなのでしょうか?
松崎「もちろん作品によっていろいろなのですが、短い時は1週間で、長くて1か月以上ということもありますね。ただ、1か月以上という時は、その作品につきっきりというわけではなく、一部を訳してチェックして、また時間が開いて一部を訳して…といった断続的な作業になります。長くかかる場合は作品が全体で出来上がっていないなどの都合で、ものによっては公開よりだいぶ前に翻訳は完成したんだけど、もう一回映像を見直してやり直すことになったり、公開直前に完成するなんてこともあります。私はあまり連続もののドラマをやっていないのですが、配信などのスケジュールの都合上、複数の翻訳者で分担してやるというケースもあります」
――毎週配信、放送になる作品は先の展開を観られずに翻訳することになるんですよね?
松崎「そうですね。それはドラマだけじゃなく映画にも言えることで、例えば最初の作品で、文章の一部としてカタカナの言葉に訳したものが、実は2年後に公開した続編で人名だったことが発覚する、なんてこともあります (笑)」
――いま伺ってきたなかでも、字幕翻訳は大変難しいということがわかりましたが、これまで関わったなかで一番大変だった翻訳はどんなものでしたか?
松崎「ある作品で、公開日の1週間前くらいに字幕が完成したのですが、そこから公開までの間に本編が作り直されて届き、必死にやり直したんですが、結局公開には間に合わず、劇場では以前のバージョンの字幕がついたなんてことがありましたね。セリフのないところに字幕が出ちゃったりしたんですよ。ソフト版では正しいバージョンになっていますが、その作品のことはいまだに思い出しますね。あとは、吹替の収録の最中に修正版が届いて、そのまま別室で訳したなんてものもありましたね。なんか変なところに字幕が出てる作品を見たら、そういう事情があるんだなと思ってください(笑)」
――映画が完成していない状態で字幕を作るというのはよくあるんですか?
松崎「最近の映画では結構ありますね。CGが出来上がってないというのもしょっちゅうです。画面でなにが起こっているかは、想像するしかないこともあります。例えば戦闘シーンで『Come on!』とキャラクターが言っているのですが、それが『来い!』なのか『いけ!』なのか『逃げろ』なのかがまったくわからないんです。そうなってしまうと、劇場用の字幕ではちょっと間の抜けた字幕になっちゃうこともあり、ソフト版で直したりもします」
――翻訳者を目指す人が磨いておくべき能力はなんだと思いますか?
松崎「当然、英語の知識はもちろん大事なのですが、それより大事なのは日本語力だと思います。翻訳の仕事をする時に、ある映画会社で『あなたはおしゃべりですか?』と聞かれました。要するに喋ることで日本語の表現力が磨かれるからそういう質問をされたのでしょう。そして、『脚本を書いたことがあるか』とも聞かれました。私はTVの製作もやっていましたし、学生のころ、自主制作の映画もやっていたので、書けると答えたわけですが、要するに日本語の力を重視しているというわけですね。逆に英語がどれくらいできるかは聞かれませんでしたよ」
取材・文/傭兵ペンギン