「条理を超えた恐怖」とは何か?『破墓/パミョ』で韓国の国民的監督に躍り出たチャン・ジェヒョンの「オカルト」世界|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
「条理を超えた恐怖」とは何か?『破墓/パミョ』で韓国の国民的監督に躍り出たチャン・ジェヒョンの「オカルト」世界

コラム

「条理を超えた恐怖」とは何か?『破墓/パミョ』で韓国の国民的監督に躍り出たチャン・ジェヒョンの「オカルト」世界

韓国映画界でも屈指の作家性と、ヒットメイカーとしての実力を兼ね備えた若き鬼才、チャン・ジェヒョン監督。その最新作『破墓/パミョ』(公開中)は彼の集大成であり、新境地とも言える傑作である。本国ではシナリオ集「オカルト三部作」まで出版されるほどの人気監督だが、日本ではこれからその名が広く知られていくことだろう。そんな監督のフィルモグラフィーと、他の追随を許さない個性を、個人的体験を交えて語っていきたい。

【写真を見る】掘り返された墓の中から出てきたものとは…⁉️(『破墓/パミョ』)
【写真を見る】掘り返された墓の中から出てきたものとは…⁉️(『破墓/パミョ』)COPYRIGHT [c] 2024 SHOWBOX AND PINETOWN PRODUCTION ALL RIGHTS RESERVED.

原点は『12人目の助祭』にあり

チャン・ジェヒョン監督の長編デビュー作は『プリースト 悪魔を葬る者』(15)。欧米キリスト教圏では『エクソシスト』(73)以来おなじみの題材…悪魔祓いの儀式という「聖と邪」が最も接近する密室の死闘を、韓国を舞台にリアリティをもって描いたオカルトホラーの佳作である。自身もクリスチャンである監督は脚本も執筆し、それまで蓄積してきた深い知識と卓抜したリサーチ力で物語を補強。いたいけな少女の悪魔祓いに挑む、やさぐれ中年神父と若き助祭のバディムービーとして展開する巧みな作劇で、一級の娯楽作に仕上げている。観客に愛される術を心得た天性のストーリーテラーぶりは、その後の監督作品で確実にレベルアップしていく部分である。

日本では2016年に公開された『プリースト 悪魔を葬る者』
日本では2016年に公開された『プリースト 悪魔を葬る者』 [c]Everett Collection/AFLO

この作品は、監督が映画業界で注目されるきっかけとなった短編『12人目の助祭』(13・未)をもとにしている(のちに『破墓/パミョ』に主演したキム・ゴウンもこの短編を観て監督のファンになったと語っている)。筆者が『プリースト 悪魔を葬る者』を最初に観たときは、正直言ってあくまで新人監督の「腕ならし」という印象だったが、後年『12人目の助祭』を観たとき、印象はガラリと変わった。

商業映画の作り手として第一線で通用するレベルの演出力は、この短編の段階でチャン・ジェヒョン監督はすでに身に着けていた。そして、エクソシズムというバタくさい題材を扱いながらも、最終的には韓国国内の社会問題に切り込む鋭さと骨太さは、むしろ長編版ではマイルドに抑えられていたと言ってもいい。ある意味、ドラマ「D.P. -脱走兵追跡官-」(21~)の先取りとも言える傑作短編である。

将来の危惧すら覚えた意欲作『サバハ』

チャン・ジェヒョン監督の凄さを筆者が初めて認識したのは、日本ではNetflixで公開された長編第2作『サバハ』(19)だった。ほとんど宗教学者レベルのディテールの詰め込みぶり、娯楽映画のドラマツルギーを逸脱するかのようなシナリオの重層構造、韓国の多彩な宗教事情をモチーフに「聖と邪」「善と悪」の反転という意欲的テーマに挑む堂々たる作風に、とんでもない監督がいるものだと舌を巻いた。

「イカゲーム」のイ・ジョンジェが新興宗教集団を追う牧師を演じた『サバハ』
「イカゲーム」のイ・ジョンジェが新興宗教集団を追う牧師を演じた『サバハ』[c]Everett Collection/AFLO

韓国で社会問題化している新興宗教の違法行為を追及し、自身も糾弾対象となりながら調査活動を続けるアウトサイダー的な牧師(イ・ジョンジェ)を主人公に、まったく異なる登場人物たちのドラマが予想外の結末に向かって収斂していく『サバハ』のストーリーは、それこそ映画3本分くらいの濃密さがある。たとえて言うなら、韓国の新興宗教詐欺を描いたヨン・サンホ監督の衝撃作『我は神なり』(13)、朝鮮固有のシャーマニズム“巫俗”と韓国でも盛んなキリスト教信仰を絡めた団地ホラーの隠れた名作『不信地獄』(09・未)、そこに『コンスタンティン』(05)を思わせるオカルト捜査劇のエッセンスまで導入したような作りと言えようか。また、条理を超えた「神仏との邂逅」を描くシーンでは、香港スピリチュアル・ホラーの金字塔『魔 デビルズ・オーメン』(83)をも想起させる。

圧倒されつつも、このまま行くと観客を無視した難解な領域に突入してしまうのではないかと危惧したのも、また事実。それが“要らぬ心配”だったことは、監督自ら次作で見事に証明してみせた。

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