「人体損壊描写は、物語のために必要」『ソウX』監督が問いかける、“肉体の本質”というテーマ
「肉体の本質を感じさせるゴア描写が、『ソウ』の世界では重要です」
「ソウ」シリーズは露骨な人体損壊描写が多いため、しばしば“拷問(トーチャー)ポルノ”と乱暴に評されることがある。しかし、そんなに単純に表現できる作品ではない。「拷問ポルノという言葉は、僕らにしてみれば好きな表現ではないけれど、一方ではそう言われることに慣れてしまった部分もありますね。ただ、『ソウ』シリーズにおけるゴアシーンは、先にも述べたように技術的にも美術的にも、創るうえでとてつもない労力を要する。なぜそうまでしてやるかというと、正しくゴアシーンを見せることができれば、それはストーリーのうえで大切なものになるからです」
「人間の身体は結局のところ骨と肉でできているし、寿命が90年とすれば、その間にさまざまな危険にさらされる可能性がある。そのような肉体の本質というものを、ゴア描写を通じて感じさせることが『ソウ』の世界では重要です。たとえば本作では、女性のキャラクターが生きるために自分の脚を切断する。これは生きたいと思う人間らしい行為であり、観客も目をそらせない。そこにはキャラクターに対する共感があります。ギリシャ悲劇もそうですが、これはある種のカタルシスですね。そしてそれは人間とはどういう生き物なのか?死とはなんなのか?という問いにもつながっているんです」とグルタート監督は熱弁を振るう。
また、彼が初めて監督を務めた『ソウ6』は、医療保険の問題という社会意識の強い作品だった。『ソウX』では、そこまでは社会性が強くないにしても、高額医療費や格差の問題が取り込まれている。「『ソウ6』を製作している段階では医療保険の問題はまだ騒がれていませんでしたが、それが取りざたされるようになったころに全米公開されたので、『政治的過ぎる』と非難されたこともありました。『ソウX』に関しては、そこまで社会問題を深く掘り下げたつもりはないですね。というのも、医師という存在を悪者に見せたくないという思いがあったからです」と監督は説明する。映画が現代を映す鏡である以上、作り手の社会意識はおのずと反映されるものなのかもしれない。
「シーンが必要か不必要かを判断できるのは、編集の経験があるからだと思います」
編集スタッフから監督に転身したグルタートだが、編集のキャリアは演出の点でどう生かされるのか。その点を尋ねると、「どちらもストーリーテリングという点では共通する仕事ですね。シーンが必要か不必要かを的確に判断できるのは、編集の経験があるからだと思います」との答えが。しかし、言うまでもなく監督の仕事量は編集者よりも大きい。「欲しい映像がわかっていても、そのために必要な演技の引きだし方や画の作り方は、監督の仕事をするまでわかりませんでした。それにスタッフや俳優とのコミュニケーションも重要です。編集の仕事をしている時は、編集室にこもって1人で仕事をしていたから、その点はまったく異なりますね」。
グルタート監督は「ソウ」シリーズが自身の代表作であることを自負しており、当然1作目の『ソウ』に誇りを持っている。「1作目は超低予算だったし、つくっている段階では劇場で公開されるかどうかもわからなかった。そこからシリーズ化され、編集の仕事を続けていくうちに撮影現場にも出入りするようになりました。そうしているうちにスタッフの知り合いも増え、4、5作目では第二班の監督を任されたんです。そういう意味で、6作目で監督になった時は、恵まれた環境にいたと思います。もしもほかの作品で監督デビューしたとしたら、あんなに良い環境ではなかったでしょう。シリーズのチームには本当に感謝しています」とシリーズへの愛を語ってくれた。そういう意味では、『ソウ』シリーズは彼を映画人として育て上げた作品と言えるかもしれない。
『ソウX』は北米市場でヒットを飛ばすばかりか評価も高く、映画批評を集積・集計するサイト「ロッテン・トマト」の調べでは、好意的な批評の割合はシリーズ中最高をマーク。となると、次の11作目も期待されるところだ。「いまはまだ話せないんです。ただ、製作のライオンズゲートや主演のトビンとの話し合いは進んでいるし、僕自身早く作りたいと思っていますよ」とのことだが、こんなリップサービスも飛びだした。
「ガンの治療法が発見された日本をジョンが訪れるという物語もおもしろそうですね(笑)。ジェームズ(・ワン)やダレン(・リン・バウズマン)といった歴代の『ソウ』の監督は宣伝のために日本を訪れているけれど、僕はまだ行ったことがないので実現させたいです。思い起せば、映画作りに興味を持つようになったのは子どもの頃、『ゴジラ』を観たことでした。街のミニチュアを作り、着ぐるみをまとった俳優がそれを破壊する。こんな見せ方ができるんだ!という驚きがありました。なので日本にはぜひ行きたいです!」。ジグソウが東京を闊歩し、デスゲームを仕組む…そんな『ソウ』を、日本のファンとしてもぜひ観てみたい。
取材・文/相馬学