古代ローマを知る漫画家・ヤマザキマリが描きおろし&徹底解説!パワー漲る『グラディエーターII 』は「燃費を考えていたら成立しなかった作品」

インタビュー

古代ローマを知る漫画家・ヤマザキマリが描きおろし&徹底解説!パワー漲る『グラディエーターII 』は「燃費を考えていたら成立しなかった作品」

「この映画に出てくる登場人物は皆”反・省エネ”キャラクター」

ルシアス、マクリヌス、アカシウスらを“反・省エネ”キャラクターたちと命名
ルシアス、マクリヌス、アカシウスらを“反・省エネ”キャラクターたちと命名[c]2024 PARAMOUNT PICTURES.

今回の描き下ろしイラストレーションには主人公ルシアス、奴隷商人マクリヌス、帝国将軍アカシウス、そして前作で登場していた少年ルシアスを登場させた。彼らをフィーチャーした理由について尋ねると「あの育ちの良いか弱そうなインテリ少年が成長してルシアスになったというのが意外すぎて、描かずにはいられませんでした。グラディエーターとなったルシアスを描いているうちに誰かに似てるなあ、と思ったら阿部寛さんですよ(笑)。本当はローマの景観やコロセウムも描きたかったんですが、細かい背景を描くには時間が足りなさすぎたので断念してブラックバックに人物をフィーチャー。3人とも不条理ない人生への怨恨を抱えている、感情に対するエネルギーの出し惜しみのない人たちです」とルシアス、マクリヌス、アカシウスの共通点を指摘。

か弱そうなインテリ少年が成長した姿に「描かずにはいられなかった」とのこと
か弱そうなインテリ少年が成長した姿に「描かずにはいられなかった」とのこと[c]2024 PARAMOUNT PICTURES.

さらに、「いまの世の中はコスパやタイパが推奨される省エネメンタリティが当たり前の社会になりつつありますが、この映画に出てくる登場人物は皆”反・省エネ”キャラクターです」コスパを意識している人はこの映画には登場しないということを強調。「古代ローマは、生命力を節約しているような人間はすぐに潰されてしまう時代です。強い生命力と精神力を持たなければ生き延びていけません。いまの時代の緩さからは考えられない世界ですし、必要のないエネルギーを放出する必要性もないのはわかりますが、自分達にも実は本質的に備わっているエネルギーを自覚するきっかけにはなるでしょう」とヤマザキらしい表現で映画をアピール。

ヤマザキが感じたルシアス、マクリヌス、アカシウスの共通点とは
ヤマザキが感じたルシアス、マクリヌス、アカシウスの共通点とは[c]2024 PARAMOUNT PICTURES.

「コンプライアンスだ、平等だ、なんていう主張や訴えはまったくなんの意味も影響力もなさない『グラディエーター』の世界です。ここまで人間の残酷性が剥き出しになった社会であっても、自らの命を守って生き延びていくルシアスや周りの人々の姿はこの上なく頼もしい。出演している役者たちも半端ない訓練をして肉体を鍛えたそうですが、リドリー・スコットはどこから撮影してくるかわからないから、演技をするにも抜かりが許されず、大変だったらしいですね。燃費のことなど考えていたら成立しなかった作品です。観終わって外に出ると、ジムで運動してきたような感覚に陥るのは、役者たちも含め、作品全体に費やされた膨大なエネルギーの効果でしょう」。

帝国将軍アカシウス
帝国将軍アカシウス[c]2024 PARAMOUNT PICTURES.

今回のイラストレーションで大変だったのはアカシウスの衣装だったそう。「この革製の甲冑には機能的でありつつもおしゃれな飾りがいっぱいついていて、なかなか面倒臭いんですよね。漫画でもこうした甲冑を描くことはありますが、締切が迫るなかではそんな細かいところまではなかなか描蹴ない。でもこの映画では、たっぷり衣装にもこだわることができたみたいで、羨ましかったです(笑)。ルッシラの衣装も彼女の知性が際立つようなセンスの良さがすばらしかったけれど、なんと言っても一番好きなのは、アカシウスのようにグレードの高い人が着ている革の甲冑ですね。ものすごい凝っていてすばらしかったけれど、時価の制限がありましたので、裸のルシアスを大きくすることで、描き込む工程を少し減らしました」と笑いながら制作時のエピソードを明かした。

ルシアスは”成熟した人格”とのこと
ルシアスは”成熟した人格”とのこと[c]2024 PARAMOUNT PICTURES.

映画、そして古代ローマの魅力をたっぷりと語ってくれたヤマザキに古代ローマを描く上で感じているおもしろさ、大切にしていることを訊いた。「人類の長きにわたる歴史において、初めて近代に近い形の社会を構成した人々の、妥協のない生きる姿勢と知性に惹かれます。『テルマエ・ロマエ』のルシウスもですが、授かった人間としての生態機能を出し惜しみせずに生きている人たちというメージがあります。時には快楽に溺れ、時には勤勉に、時には残酷に、時には知性を駆使しつつ、あれこれ試行錯誤を繰り返しながら悔いのない生き方のできる社会を築くために日々を突き進んでいる人々の姿は描いていて心地よいですね。それから、いまの私たちにとっては当たり前になってしまって気づけないけれど、円形劇場にせよ、浴場にせよ、生きていることを励まされ、生きていることを癒やされる場所に人は集まり、統治されるという社会の構造が実にわかりやすい時代でもありました。『パンとサーカス』という古代ローマを象徴する言葉がありますが、現代社会においても私たちは明日を生きる燃料として娯楽を求め、癒しを求め、食べ物にもこだわりながら生きています。いまと昔も変わらない、そこが古代ローマを描いていて最もおもしろいと感じるところです」と人間が生きていく上での基本原則を解説。「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」とは、詩人ユウェリナスが政治に無関心になった古代ローマ市民のさまを揶揄した表現だ。


ルシアスたちはこの上なく頼もしいと感じたそう
ルシアスたちはこの上なく頼もしいと感じたそう[c]2024 PARAMOUNT PICTURES.

「ルシアスはグラディエーターとして生きていかなきゃいけないと言われた時に、運命を恨み、悔しさを感じつつも、それはそれでローマの力になるという思念が彼のなかに芽生えます。テルマエ・ロマエのルシウスであれば、地球の恩恵として出てくる温泉、浴場というもので、どこまでローマの力を高めるのか、いい社会を作り上げることができるのかを考えている。自分たちが帰属する社会の存続のために、強い信念を抱蹴る人こそ模範的なローマ人だったはずです。自己主張や承認欲求よりも、社会としての水準をどこまで高められるのか、そのために自分の力を駆使できる人々によって作られていたのが、古代ローマというものだったと思います」とその魅力を並べる。

奴隷商人マクリヌスの思惑とは?
奴隷商人マクリヌスの思惑とは?[c]2024 PARAMOUNT PICTURES.

「いま、グローバリゼーションという言葉が横行していますが、他民族同志というのはそう簡単にまとまるものではありません。様々な宗教、様々な生活習慣、そうしたものが混然一体となっても、大きな一つの国として成立していたヒントがローマ史には書いてあるんです。私がローマを描く上で一番大事にしているのはローマの最も重要なポリシーである“クレメンティア”。ラテン語で“寛容”という意味です。この寛容性はまさに『グラディエーター』の世界でも問われていると感じました。利己的な正当性を押し通すための戦争や紛争が勃発し続ければ、人類は遺伝子を残していけなくなります。人間がそれぞれ命の尊厳を守られながら生き延びて行くためになにが問われるのか、この映画にはその答えがちりばめられているように思います」。

取材・文/タナカシノブ


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