「『グラディエーターII』を観てからテルマエを見直していただくのもおもしろいかも」
ゲタ(ジョセフ・クイン)とカラカラ(フレッド・ヘッキンジャー)の双子皇帝はヤマザキの目を引いたキャラクターだ。「ストーリーは私の作品である『プリニウス』の話と重なるところがありました。『プリニウス』の時代には暴君と呼ばれた皇帝ネロがいて、彼を操るティゲリヌスという側近がいます。この映画におけるマクリヌスのような存在ですね。やっぱり暴君を描くとこういう感じになるんだなって(笑)。狂気を帯びた皇帝の役って難しいと思うんです。前作のホアキン・フェニックス演じるコモドゥスも印象的でしたけど、今回もやっぱり狂った皇帝によって翻弄される人たちの話になっていましたね。ただ悪帝というのは、歴史家たちによって実際よりも酷い人として演出されている可能性もあるので、こうした映画では本当にフィクション寄りとして捉えて見たほうがいいかもしれません。逆にテルマエは賢帝と呼ばれる皇帝たちの統治下にあった平和なローマ時代を描いた漫画なので、『グラディエーターII 』を見てからテルマエを見直していただければ、より現実に近い古代ローマを理解してもらえるのではないかと思います」とここでも同じ古代ローマ時代でも切り取り方の違いがあると説明した。
「主人公のルシアスとアカシウスのふたりは熟成した人格。人間にとって理想の男性像と言っていいんじゃないでしょうか。でも、私が惹かれた人物がもう一人います」とニッコリしたヤマザキが大好きなキャラクターとして名前を挙げたのは、アレクサンダー・カリム演じるラウィ。かつて剣闘士だったが自由を手にしたあとに、負傷した剣闘士を手当てする医者になることを選んだ男だ。「あのキャラクターの存在はかなり重要です!」と興奮気味。「『プリニウス』にもギリシャ人の医者が出てきます。すごく卑屈で捻くれたやつなんだけど、本当に必要な時には大事な友のために力を発揮する。描いている私自身にとってもとても気に入ってる登場人物です。そして、本作でルシアスが一番心を預けているのも、この医者のラウィ。彼がいるといないとでは、作品の深さや奥行きも全然違ってくるでしょう」とイチオシ。「おもしろい映画には必ずおもしろい脇役が使われているものです。ゲタとカラカラも大事な2人でしたね。単に非道な人間としてだけではなく、皇帝という宿命を背負いきれない哀れさや悲壮感がよく演出されていたと思います」とキャラクターの奥深い描き方にも言及した。
さらに闘技場でルシアスたちと戦うサルにも触れ、「あの歯の長さは怖かったですね、本当にあんな猿がいたのかと家に帰って調べてしまいました。エイリアンが出てきてもおかしくない様子でした(笑)」と振り返り、「リドリー・スコットがおもしろいのは、私の漫画もそうなんだけど、フィクションとノンフィクションが渾然一体となって、なにが本当か嘘か境界線をなくしてしまう演出ですね。堂々と架空のクリーチャーを史術に混ぜてしまう。『プリニウス』にも現実に怪物や妖獣が出てくる場面はいくつかありますが、エンタテインメントの手法としては潔いし、見ていて楽しい」。ツッコミたいところもあるとしながらも、「正直、全体的な結果として楽しいんだから、そんな小さいことはどうでもいいんです。ルシアスが前作のマキシマス(ラッセル・クロウ)の息子だったことも衝撃でした。前作の名前はルシウス・ウェルスだったので、マルクス・アウレリウスと共同皇帝だった同名の皇帝の息子だとばかり思っていたので。でもドキュメンタリーと同質の時代考証の高さはあっても、あの歯の長いサルに象徴されるように、あくまでフィクションなんで、そう捉えたら細かいところはもう気になりません」と、同じクリエイター同士だからこそ理解できる表現のあり方についても触れた。