アリ・アスター製作『ドリーム・シナリオ』、名優ニコラス・ケイジの“迷演”によって映し出された現代人の心理

コラム

アリ・アスター製作『ドリーム・シナリオ』、名優ニコラス・ケイジの“迷演”によって映し出された現代人の心理

社会的地位の向上によってあらわになる、人間の有害な側面

人々の夢が悪夢に変わったことでバッシングを受け、教授としての立場に影響が
人々の夢が悪夢に変わったことでバッシングを受け、教授としての立場に影響が[c] 2023 PAULTERGEIST PICTURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

しかし、そのイメージは、悪いほうに変化することになる。ある日を境に、大勢の夢に現れるポールは、突如として暴力的になり、夢のなかできわめて加害的な行為をするようになったのである。そのことで、一躍有名人となっていた現実のポールは、恐れられ、憎まれる対象になっていくのだ。

なぜ、夢のなかのポールは有害な存在になったのだろうか。それは、ポール自身の行動が変化したからだと考えられる。彼は自身の研究を書籍にするためにPR会社と提携し、ポールを利用したいだけのスタッフのリップサービスを本気にして舞い上がってしまう。これまで大きな評価ともチヤホヤされる経験も希薄だった彼は、このような事態への免疫がまったくなかったのだ。そして、あろうことか会社の若い女性スタッフと不倫関係に陥りそうにまでなってしまう。

大勢の人の夢に現れる現象を利用した広告のために、PR会社に声を掛けられるが…
大勢の人の夢に現れる現象を利用した広告のために、PR会社に声を掛けられるが…[c] 2023 PAULTERGEIST PICTURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

ここで理解できるのは、ポールという人物の人間性だ。彼は一見、善良そうに見える人物なのだが、有名になり社会的地位が高くなった途端に、「クソ野郎」のような行動をしてしまう。「地位や名声が人を狂わせてしまう」と言えば聞こえはいいのだが、実際には彼のなかにそういった「チャラい」性質や願望が備わっていたということなのだろう。これまで“そういった機会が巡ってこなかった”だけに過ぎないのだ。

デヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』(10)では、主人公が、同様の指摘を受ける場面がある。「あなたはオタクだからモテないと思ってるんでしょ。言っておくけど、それは大間違い。性格がサイテーだからよ」…この実在の人物をモデルとした主人公が、まさに地位を得て、ごく親しい者にしか知られていなかった有害な部分が、影響力とともに顕在化していく流れは、本作のポールにも重ねられるところなのではないか。

インターネット社会がゆえに、攻撃の標的となってしまったポール

そんなポールが、かつて妻が望んだように、バンド「トーキング・ヘッズ」が1983年におこなった伝説的ライブ「ストップ・メイキング・センス」において、デヴィッド・バーンが着用していた象徴的な「ビッグスーツ」に身を包み、妻を窮地から救うヒーローとなる場面がある。それは彼女の理想の夢だったはずだが、ポール自身の願望が投影された夢でもあった。彼は周囲の期待に応えるヒーローになりたがっていたのだが、その理想に実体が追いついていないことが、残酷にも示されるのである。


理想と実体、夢と現実の乖離に悩まされていくポール
理想と実体、夢と現実の乖離に悩まされていくポール[c] 2023 PAULTERGEIST PICTURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

ポールの変化や社会の受容は、インターネット社会の風刺としても表現されている。SNSなどに「マンデラ効果」が蔓延しているとするならば、デマに基づく悪評が広まることで、個人に対して苛烈な攻撃が始まる場合がある。その結果、ポールは社会生活をまともに送れないほどのバッシングに遭い、異常な人物たちに命を狙われる事態にまで発展するのだ。

とくに“好きでも嫌いでもない存在”から、“許されざる者”に…。著名であるほど、その影響は大きい。もちろん、夢のなかのポールの行為は現実のポールのものではないので、理不尽なことではある。ボルグリ監督は、この物語を作るきっかけとして、ある人物が風評によって「キャンセル」された事例を参考にしたことをインタビューなどで紹介している。不特定多数の人々によって、突然「悪魔化」されてしまう恐怖は、誰にとっても脅威であるだろう。

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