『ワンダーストラック』はニューヨークへの愛の詩!トッド・ヘインズ監督自らが語る最新作に込めた想いとは?
『エデンより彼方に』(02)、『キャロル』(15)など心に残る映画、記憶に残る映画を作り続けるトッド・ヘインズ監督。待望の最新作は、作家兼イラストレーターであるブライアン・セルズニックのベストセラー小説を映画化した『ワンダーストラック』(4月6日公開)だ。1927年と1977年、2つの時代を生きる少女ローズと少年ベン、それぞれがニューヨークを目指す旅を描く感動作。来日した監督に話を聞いた。
トッド・ヘインズ監督の長編映画は決して多くないが、人種差別や同性愛など、難しく繊細なテーマを力強くかつ美しく描いた名作と言えるものばかりだ。今回『ワンダーストラック』を監督したきっかけについては「これまでとは違うもの」であることも理由のひとつだった。
「子どもたちが主人公のものはやったことがなかったし、時代ものはけっこうやっているけれど20年代はまだだったからね。ブライアン・セルズニックの小説を読んで、この原作ならユニークで少し奇妙な(ファンタジックな)物語を作れるのではないかと思ったんだ」
映画の主人公は、母親を亡くしたベンと耳の聞こえないローズ。1977年に生きるベンは、生まれてから一度も会ったことのない父親を捜しに、1927年に生きるローズは憧れの女優に会うために、ニューヨークへ旅立つ。
「もちろん僕のニューヨークへの愛もあるけれど、この作品自体がニューヨークへの愛の詩だと思っているよ。20年代と70年代はどちらもニューヨークにとって重要な年代で、その2つを並べるだけで街全体の歴史を感じる。そもそもこの映画は“時間”が大きなテーマになっているんだ。博物館や都市には知識や記憶としての歴史=時間が刻まれている。なかでもベンとローズが触る博物館の隕石は、究極の時間の流れの象徴だ。何世紀も前からこの地上に到達している隕石に現代を生きる2人が触れる。あれはこの物語が時間に触れている瞬間を描いているんだ」
後半にはニューヨークの街のジオラマが登場する。それは時間とともに作られた街の歴史と、子どもたちの可能性を映しだした希望のあるシーンだ。
「単純にあのジオラマがすばらしかったというのもあるけれど、大都市のなかにいる小さな子どもたち、それを結晶させることができた。ジオラマを通して街を手中にできることは、自分ができることを見つけるメタファーでもある。ローズは生まれつき耳が聞こえない、ベンは落雷で耳が聞こえなくなる。それでも、どんな人も、自分にできる仕事を見つけられる。そういうメッセージをストーリーに入れることができたシーンだ」
またベンとローズは、旅の中で自分が抱えている個人的なミステリーを解決していく。これは「自分の歴史と向きあう旅でもある」と監督は語る。
「僕にとって重要かつ興味深かったのは、ベンとローズがあの年齢で、すでにクリエイティブなことや文化的なものに関心を抱き、各々それを表現していることだった。ベンは博物館のような棚を自分の部屋に作っていたし、ローズはダンボールや新聞でもの作りをしていた。目と手を使うことで人は誰でもなにかを表現することができる。それは手話にも言えることだと思うよ」
そして、監督自身もベンやローズのようにクリエイティブな子どもだったと、映画監督の原点となるようなエピソードを話す。きっかけは3歳の時に観た映画『メリー・ポピンズ』(64)だった。
「映画を観てものすごく驚いて、その経験に対しての反応がもの作りだったんだろうね。ドローイングをしたり、歌を歌ったり、お母さんを巻き込んでメリー・ポピンズごっこをしたり、とにかくメリー・ポピンズに執着していたよ(笑)」
その次にハマったのが、9歳の時に観たフランコ・ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』(68)だ。すべての役を自分で演じ、撮影しようと試みたそうだ。
「ティボルトとマキューシオのシーンは、自分で手作りしたタオルの衣装を使って、カットバックでの撮影は成功したんだ。ただロミオとジュリエットのシーンは…二重露出で撮りたかったけれど、そこまでの技術はなかったからね。残念ながらジュリエットを演じることはできなかったよ(苦笑)」
そんなふうに、監督となったいまも「ポップカルチャーや自分の興味から、そそられる企画もある」と言う。ボブ・ディランの半生を6人の俳優が演じた伝記映画『アイム・ノット・ゼア』(07)も、そのひとつだ。
「ディランをよく聴いていたのは高校のころで、それからしばらくは聴いていなかった。30代の終わりころ、『エデンより彼方に』の脚本を書くためにポートランドに行ったんだけれど(現在はポートランド在住)、その時ディランを聴きたくなった。おそらく思春期独特のエネルギーに立ち戻りたかったんだ。書くためにそのエネルギーが必要だったんじゃないかな。当時は、まさか『アイム・ノット・ゼア』で彼の全楽曲を使って、彼の人生を物語にするなんて、思ってもみなかったけどね」
この『ワンダーストラック』のなかにも、さまざまなカルチャーに影響を受けたものが組み込まれている。例えば、ベンの母親エレインが聴いていたレコードは、69年にリリースされたデヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」で『2001年宇宙の旅』(68)にインスパイアされたバラードだ。エンディングでも同曲が流れるが、それはチルドレン・ポップスの金字塔、ラングレー・スクール・ミュージック・プロジェクトの「イノセンス&ディスペアー」に収録されているもので、子どもたちというキーワードが重なる。
「それはカーター・バーウェルのひと言がきっかけだったんだ。いつだって映画作りの鍵となるのは、いいアイデアを思いついてくれるいい仲間がいてくれることだね」と監督は謙遜するが、そのいい仲間を引き寄せているのは、まぎれもなくトッド・ヘインズ監督の人柄と才能だ。『ワンダーストラック』を観ると、彼の新作が待ち遠しくなるだろう。また1本、心に残る、記憶に残る、傑作が誕生した。
取材・文/新谷里映