是枝裕和監督、リリー・フランキー、樹木希林ら『万引き家族』チームにカンヌの地で直撃!
第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された、是枝裕和監督の最新作『万引き家族』(6月8日公開)。上映時には約9分間にわたるスタンディングオベーションで現地の観客に絶賛されたほか「家族と親子についての素晴らしいポートレイト。パルムドール候補だ」などと海外メディアも報じている。上映翌日の「デイリー・マガジン」の星取りでは、最高得点が付いた。公式上映から一夜明け、幾分落ち着いた感じの『万引き家族』チームに話を聞いた。
本作は、年金暮らしの祖母・初枝(樹木希林)の家で、母の信代(安藤サクラ)、父の治(リリー・フランキー)、息子の祥太(城桧吏)、信代の妹・亜紀(松岡茉優)が暮らしており、父子が万引きをして家計を支えている、というストーリー。ある晩、治がアパートの部屋から締め出されている幼女を連れ帰ってきたことから、物語が動き始める。
是枝監督の演出にはサプライズが多いようだ。子どもたちにおおよその筋立てだけを作り、口頭で台詞を教えていくことは有名だが、大人のキャストにも突然やりとりをしなくてはいけないシーンを作る。今回は警察役の池脇千鶴と高良健吾に指示して、取り調べを受ける母・信代役の安藤サクラと信代の妹・亜紀役の松岡茉優に対して、台本にはない質問をしたそう。予期せぬ質問に戸惑い悩む2人のリアクションがリアルだ。
「急に言われるんで、質問するほうの池脇と高良も困ったと思うなあ」とリリー・フランキー。しかしそのおかげですばらしいシーンができあがっている。「一度だけ、もやもやしたものがあったんですよね、演じていて。それがこのシーンで、この質問で、あの家族と過ごした時間があって…どぉーっと涙が止まらなくなった」と安藤サクラ。話しているいまも、こみ上げるものがあるようだ。すると、「すごく汚い涙の拭き方するんだもんなあ(笑)」とリリーが茶々を入れて助け船を出す。「でもあのシーン、女優賞いけるんじゃないかと、おれ、思うよ」と言うリリーに、筆者も同感である。
台本に書いてあることでも編集でばっさり切られてしまうことも多いのが是枝式なのだとか。「茉優とサクラが取っ組み合いのケンカをするシーンがあって。撮影したけど、使わなかったもんね」とリリーが明かす。「アザが出来るくらい傷だらけになってケンカしたのに、次のシーンで、そのアザを隠すことになったので『ああ、編集で切るんだな』って思いました(笑)」と松岡。「ギリギリ台詞になる直前で編集してあったりするものね。そういうところは英語字幕では書いてあったから、海外版のほうがわかりやすいかもしれないね」とリリー。
逆に書いていなくても自然発生した台詞を生かすこともある。例えば海辺のシーン。撮影初日、一家が海に出かけて一日を過ごすというシーン。波打ち際で遊ぶ父や子どもたちを、母と祖母が見ている。"幸せな家族の休日"の風情。光を浴びる母の顔を見ていた祖母が一言「お姉さん、よく見るときれいね」。この台詞、台本にはない樹木希林がぽろりと口にした、祖母の気持ち、である。突然の言葉になんとも言えない表情をみせる母は、岸辺へと立つ。一人残った祖母の唇がかすかに動き「ありがとうございました」とつぶやく。これも台本にはない。この海辺のシーン自体、台本として渡されたのは2枚分だったそう。しかし、この一言が監督に脚本を書き換えさせていった。是枝監督が言う。
「希林さんのように演出の指針を与えてくれる俳優さんがいると、すばらしいですよね。希林さんは演技に対する価値観が近いというか、やるかやらないかのジャッジが近いので安心していられるんです。希林さんに出ていただける作品を作りたい、希林さんに対して恥ずかしくない監督でいたいと思います」。
この時は表情を変えなかった樹木希林だが、あとでこういった。
「あたしはねぇ、(『万引き家族』が受賞するなら)脚本賞だと思うのよ」そして「人間の一番汚いところ、情けないところ、哀しい部分をこの作品で見せたから、役者としてもういいなと思いましたね。いなくなってもいいって思いながらやりました。引退とか、そういうのではないですけど」。つまり、よっぽどの満足感を持っていると言うことだ。
賞の話題になったところで。「自分たちのこと、まったく考えてないですね。ここで自分をこう見せたい、なんて考えている人はいません、このメンバーには」とリリーが言えば、キャスト全員「そうそう」と返す。なんでそんな質問をするのかという表情をする。すると樹木が「あら、私はあったわよ。気味の悪いばあさんにしようと思ったから、髪伸ばしたりして…」と言う。すかさず安藤が「希林さん、それは役作りだから(笑)。でもほんと、おばあちゃんロン毛は気味悪いなあと思った(笑)」と和やかなやり取りが進む。
授賞式はいよいよ5月19日(現地時間)。リュミエールの舞台に是枝組の姿が見られることに期待したい。
取材・文/まつかわゆま