アニメ界の新星・石田祐康が語る、“ヒロイン愛”と“森見ワールド”の描き方
気鋭のアニメーションスタジオ、スタジオコロリドが、日本SF大賞を受賞した森見登美彦の同名小説をアニメーション映画化した『ペンギン・ハイウェイ』が現在大ヒット公開中。本作で長編デビューを飾った石田祐康監督を直撃し、アニメーション作家として大きな影響を受けた作品と、個性豊かな“森見ワールド”を映像化するうえでのこだわりを聞いた。
本作は小学4年生のアオヤマ君が住む郊外の街に突然ペンギンが出現したことから始まる騒動と、少年の一夏の成長を瑞々しく描きだした青春ファンタジー。自由奔放でミステリアスな歯科医院の“お姉さん”が投げたコーラの缶がペンギンに変身するのを目撃したアオヤマ君は、その謎を解くため“ペンギン・ハイウェイ”の研究を始めるのだ。
7月にカナダのモントリオールで開催されたファンタジア国際映画祭で、最優秀アニメーション賞にあたる「今敏賞」の長編部門を受賞した本作。2010年にこの世を去ったアニメーション作家、今敏監督の名前が冠された賞を受賞したことに石田監督は顔をほころばせ、今監督の作品に影響されてアニメーターを志したことを明かす。「中学生の時に本格的にアニメを観はじめたんです。そんな時にWOWOWで放送されていた今監督の作品と出会い、大人向けのアニメ作品に興味津々になってどっぷりとハマってしまいました(笑)」。
90年代後半から10年間の間に4本の長編作品を手掛け、いずれも世界的評価を得た今敏監督。その傑作群のなかで、最も石田監督を魅了した作品は02年に公開された『千年女優』だという。「劇中で扱われている古い映画の話がわからなくても楽しませてくれる点にエンタテイナーとしての気概を、同時に一つの芸術作品としてのこだわりも感じました。商業性と芸術性のバランスも見事ですし、なんと言っても主人公の千代子さんに惚れました(笑)」と熱弁を振るう。学生時代に手掛けた短編では同作に影響を受け、空の描写を真似したとか。
さらに作品における“ヒロイン像”への強いこだわりも、同作の影響が強く「ヒロインが立っているとそれだけで“得をする”ような作品にしたい」と独特の言葉で表現し、本作にもそれが反映されていることを明かす。劇中でのヒロイン格にあたる“お姉さん”を作りだす際に、キャラクターデザインを担当した新井陽次郎に多くの注文をしたという石田監督は「 “お姉さん”への思い入れは際限がないですね」とはにかみながら“ヒロイン愛”を語った。
京都精華大学マンガ学部アニメーション学科在学中に発表した『フミコの告白』(09)で注目を集めた石田監督。森見作品の代名詞とも言える“京都の大学生”そのものだった彼は、京都が舞台ではない本作を手掛けるうえでどのような景色を思い浮かべたのか?訊ねてみると「森見さんがイメージしていた場所と同じ場所をいくつかロケハンさせてもらったうえで、アクセントを加えるために関東近郊のニュータウンを取り入れたり、僕の実家の風景もほんの少し取り入れたりしています」と明かし「使えるものは全部使っちゃいましょうという感じでしたね」と微笑む。
また、キャラクターデザインや風景だけでなく、森見作品の独特な文体を映像化するためにも様々なアイデアを取り入れたという。なかでも石田監督が「アニメーション的に跳躍しやすいパートだった」と自信をのぞかせるのがクライマックスで描かれるスペクタクルな“ペンギンパレード”と“世界の果て”のシーン。「“ペンギンパレード”は、原作では基本歩いて移動するのみのシーンでしたが、走らせようが飛ばそうが物語は変わらないと思ったんです。“世界の果て”は、想像の余地が残されていました。なのでアオヤマくんの想いがあらわになる、未知の領域として、暗喩的に描けるかなと思いました」。
さらに、劇中で最も重要なシーンの一つである、コーラの缶がペンギンに変わるシーンについては「原作ではものすごい情報量で描写されていたので、おのずとスローモーションになりますよね。アオヤマ君の目線のピントが集中している一点をスローでずっと追いかける場面にしたかったんです」と、異なる手法のこだわりを注ぎ込んだことを明かした。
本作の完成披露試写会が行われた7月3日に30歳の誕生日を迎えたばかりの石田監督。意外にも、いち観客としては、本作とは正反対なミリタリーものや、メカが出てくる作品が好きだと明かし「もし機会をいただけるのであれば、いろいろな作品に挑戦してみたいですね」と、可能性にあふれた将来に胸を弾ませた。
取材・文/久保田 和馬