映画ファン必見!『カメ止め』監督と師匠が選ぶ「物語」が優れた名作とは?【榎本憲男×上田慎一郎 特別対談 第3回】
『母なる証明』は自分ではこういう映画は作れないな、と憧れます。(上田)
上田監督の番になると、選ぶのがとても悩ましげな様子で、「なににしよう…?」とスマートフォンに「オールタイムベスト10」のリストを表示させて覗き込む。「僕が好きな作品は恥ずかしいぐらい王道なんです。『マグノリア』『パルプ・フィクション』『スティング』『ミッドナイト・ラン』…」と、作品名を挙げ始めると、榎本氏から「『マグノリア』は全然タイプが違うよね」と指摘が入り、上田監督は「そうです。僕の好きな映画には2通りのタイプがあって、一つはコメディ路線です。20代の前半ぐらいまでは三谷幸喜さんのドラマをよく観ていて、そこからビリー・ワイルダーとかがすごく好きになりました。もう一つ、憧れているのは『母なる証明』のような、心が揺さぶられるドラマです。お母さんが息子の濡れ衣を晴らす話かと思って観ていたら、とんでもない事実が明らかになって……という。自分ではこういう映画は作れないな、と憧れます。『ゴーン・ガール』も大好きです。途中からテイストがガラッと変わって、そこから映画がぐんと加速しますよね」と愛着たっぷりに語り、ルーツを垣間見せてくれた。
『スティング』には驚きとハッピーエンド感、“ザ・エンタテインメント”という楽しさがある。(上田)
そんな中から「物語が優れた作品」として上田監督が選んだのはジョージ・ロイ・ヒル監督の『スティング』(73)。30年代のシカゴを舞台に、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォード扮する詐欺師が、ギャングの親玉相手に大バクチを企てる娯楽映画の傑作である。
「こんな映画をいつか撮ってみたいです。『スティング』以上に“完全にだまされた”という体験をしたことはないかもしれない。愉快痛快に話が進み、大人のコクもあり、そして最後にまったく思いも寄らないところで、しかも『早い段階からだまされてたんだ!』っていう驚きと、ハッピーエンド感、“ザ・エンタテインメント”という楽しさがあります」と、惚れ惚れしながら上田監督が語ると、榎本氏も同調して「この作品のスゴいところは、2回3回観てもおもしろいっていうところです。つまり、ダマされるだけじゃないんですよね。このことを(小説家・評論家の)小林信彦さんは『落語のよう』と言ったそうです。落語って、スジやサゲ(オチ)は知っているんだけど、それでもおもしろい。語り口が絶妙だからですよね。そんな心地よさが『スティング』にはあります。ということは、役者がいいってことでもあるんですが」と付け加えた。
エンタテインメントのマスターピースと呼べるような作品を作っていきたい。(上田)
上田監督はさらに今後の展望として、「『スティング』や『ミッドナイト・ラン』のような娯楽作品を目指していきたいんです」と語り、榎本氏が「難しいところだよね。日本映画に一番足りないところで、勉強して努力していかなきゃ到達できない。上田監督には本当に期待してます」と言うと、上田監督は温めている構想をさらに明かしてくれた。
「アメリカ映画だと、脱走ものといえば『大脱走』、スパイものなら『ミッション・インポッシブル』と、エンタテインメントの王道ジャンルのマスターピースと呼べる作品がスラスラ出てくるんですけど、日本にはそういうものがないでしょう。もっとも、日本でスパイ映画ってイタくなってしまうと思うんですが(笑)、そこを日本映画ならではのスパイものに仕上げて、マスターピースとなるような作品を作っていけたら最高だなと思います」と語り、上田監督がよく口にする「100年後に観てもおもしろい映画」づくりに、腰を据えて挑戦しようとする姿勢を見せた。
最後に、気になるこのあとの計画についてお2人に教えてもらった。
榎本氏は「小説家としては、真行寺シリーズの次作のための資料を読み込んで構想を練っている最中です。それと並行して、ストーリーメーカーとしてはある人の依頼で大きなプロジェクトのストーリーを練っています。監督としては、逆にこれは一気に規模が小さくなるんですが(笑)、僕もまた映画を撮りたいなと思っているんですよ。それでいまは資金調達を考えている最中です」と、また多方面での活躍を見せてもらえそうだ。
上田監督は「松竹ブロードキャスティングで新作を始動させます。長編としてはそれが次作となります。今年の冬にオーディションをして、来年の春ぐらいに撮影する予定です」と、新たな企画のスタートに喜びと緊張の表情を見せた。これからもお2人が作りだすエンタテインメント作品が、映画ファン・小説ファン、そして「物語」を愛する人たちにサプライズと感動をもたらしていくことだろう。
取材・文/深谷直子