辛酸なめ子が『女王陛下のお気に入り』の女たちをジャッジ!偉い人に取り入るには、動物を手なずけるべし?
偉い人に取り入るには、まずは動物を手なずけることから
美しさと醜さ、愛と憎しみ、豪華さとおぞましさは表裏一体なのでしょうか……。最初から最後まで鳥肌が止まらず、見終わってしばらくたった今も、まるで過去生の記憶でもあるかのようにシーンがフラッシュバック。「黙ってつぶされはしない」「地獄から戻ってきたわ。いずれあなたも行く場所」そんな劇中のセリフが脳内でリフレインし、アドレナリン分泌を促進します。
舞台は18世紀のイングランド。孤独なアン女王は、亡くなった17人の子どもたちの代わりにウサギを17匹飼い、幼なじみの公爵夫人、レディ・サラを側に置いて心の慰めを得ています。二人の熱い関係は友情を超えたものでした。そこに、野心的な没落貴族の娘、アビゲイルが入ってきて、女王の寵愛を巡って女の三角関係に発展。
アビゲイルは女中部屋からのスタートだったので、成り上がるのに必死ですが、可憐なルックスで下心を隠し、女王に近付いていきます。薬草の知識があったアビゲイルは、女王の寝室に忍び込み勝手に痛風の足にハーブを塗るという大胆な行為に出て、実際に効果があったとかで侍女として重用されるように。アビゲイルの女王の心に取り入るための手練手管がすさまじいです。「ゴホゴホ…薬草を摘んだので風邪をひいてしまいました」とけなげさをアピールするなんて序の口です。死活問題なので本気度が違います。まずは、アン女王の溺愛するウサギがアビゲイルになついたことで信用を勝ち取っていました。このシーンで思い出したのが現イギリス王室に嫁いだメーガン妃の処世術。彼女はハリー王子がいつも吠えられていたエリザベス女王のコーギーを、尻尾を振ってなつかせることに成功。犬を飼っていた経験が役に立ったようです。さらに犬が喜ぶおもちゃを女王にプレゼントして、気に入られることに成功。偉い人に取り入るには、まずは動物を手なずけることから、というのは時代が変わっても基本の技なのかもしれません。
アン女王の幼なじみのサラは、小さい頃いじめっ子から女王を守ってから心を許し合う関係になり、すっかり依存されるように。強くて美しいサラは女王に何でも言える関係で、メイクが似合っていないと「アナグマみたい」と指摘。身分が高い女王にとっては新鮮で刺激的だったのでしょう。アビゲイルの女王の落とし方は反対で、ホメまくり作戦です。「つややかな髪ですね」「陛下は美しい。私が男だったら奪ってしまう」などとお世辞を繰り出し、弱っていた女王の心を掴みます。本音を言ってくれる友達、おだてまくる友達、どちらを選べばいいのでしょう。客観的に見ると答えは明白な気がしますが、アン女王は性的な対象としても女性を見ていたので、つい欲にかられて若くて美しい方を選んでしまったのかもしれません。古い彼女にはそろそろマンネリを感じていたのでしょう。
アビゲイルは自分を殺して女王に心身で奉仕する日々でフラストレーションがたまったのか、言いよってくる男性に蹴りを入れたり、独り言が激しくなったりして周りを怯えさせます。享楽的なパーティで酔っぱらって壷に嘔吐したり……。もしかして、現代の美術館に展示されている宝物の壷は貴族たちが吐くのに使っていたのかもしれないと別の意味で鳥肌が。宮殿の美しい調度品も、音楽も、ドレスも、ドロドロした内情を隠すためのものなのでしょうか。この映画を観て、貴族の夢と現実があらわになりましたが、一般人には及びもつかない激しい友情や人間関係に、依然として憧れずにはいられません。
●プロフィール
1974年生まれ、東京都出身。漫画家・コラムニスト。鋭い観察眼で、セレブや精神世界、開運などに関する漫画やコラムを執筆。皇室ウォッチャーとしても知られている。著書は「辛酸なめ子の現代社会学」(幻冬舎)、「女子校育ち」(筑摩書房)、「霊道紀行」(KADOKAWA)、「辛酸なめ子の世界恋愛文学全集」(祥伝社)、「大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ」(光文社)、小説に18年10月に刊行された「ヌルラン」(太田出版)など多数。