【連載】『松本花奈の恋でも恋でも進まない。』第7回 交響曲第5番八短調Op.67「運命」

コラム

【連載】『松本花奈の恋でも恋でも進まない。』第7回 交響曲第5番八短調Op.67「運命」

【写真を見る】気鋭の女子大生映画監督・松本花奈による好評連載。7回目のテーマは「交響曲第5番八短調Op.67『運命』」
【写真を見る】気鋭の女子大生映画監督・松本花奈による好評連載。7回目のテーマは「交響曲第5番八短調Op.67『運命』」イラスト/あわい タイトル題字/松本花奈

「DVD&動画配信でーた」にて好評連載中の、注目の現役女子大生映画監督・松本花奈による日々雑感エッセイ「松本花奈の恋でも恋でも進まない。」。第7回のテーマは「交響曲第5番八短調Op.67『運命』」です。「人間関係は大きく家族、友人、恋人、仕事仲間に分けられる」と言う松本監督。その中で最も定義が曖昧なのが友達ではないかと、自身の懐かしい友人とのエピソードを語ってくれました。

池田ちゃんは飴を噛み砕きニヤッと笑った

最近友達のお姉ちゃんに子供が産まれた。それはもう食べちゃいたくなるくらい可愛いのだが、ふと思った。「いつかもし、私にも子供が産まれたら?」基本的には自由に自分のペースで生きていってほしい。…と言いつつ、唯一願うことがある。それはたったひとりでも、刹那的にでも良いから、若い時に、大切な友人をつくってほしいのだ。どれだけ失敗しても辛いことがあっても、本当に楽しかった友人との思い出があれば、その思い出に支えられることがあると信じているからだ。これは決して綺麗ごとではない。

小学生の時、私は友人が多いほうだった。式が終わったあと父親の転勤で大阪から東京へ引っ越す時は、まるでドラマや映画のワンシーンのように電車に乗り込む私をクラスメイトたちが走って追いかけてくれたものだ。そんな調子で中学校でも普通に友人をつくってやっていけると思っていたらところがどっこい、入って一週間、ひとりも友人ができなかった。その理由は明確だった。そこは私立の小学校からの一貫で、中学受験組と小学校上がりのメンバーの外部と内部でぱっきりと分かれてしまっていたのだ。外部の子たちともあまり上手く溶け込めないまま入学から2週間が経とうとして、私は一度友人をつくることを諦めた。

それでも学校へは行かねばという思いがあったので、どうにかして学校を楽しいものにしたいと思い、学校にいる時に飴を舐め始めた。どうにかして気を紛らわせようと口の中に集中を持っていこうとしたのだ。飴ならばきっと先生にバレるリスクも少ない。窓際の席だったので窓の出っ張りに小さな箱を置きそこに飴をストックしておき、居心地が悪くなったら一粒舐めることを繰り返していた。するとある時から急激に飴の減りが早くなっていった。何故だ…?誰かに盗まれている…。誰だ?一言声をかけてくれれば良いのに、何も言わないで盗られると少し不気味に感じてしまうじゃないか。が、その犯人はすぐに判明した。数学の時間、プリントを配ってきた前の席の池田ちゃんが急に私に向かってベロを出してきて、その後すぐにバリバリと噛み砕く音をさせながらニヤッと笑った。それが面白くて私も笑ってしまった。

それから私と池田ちゃんが仲良くなるのにそう時間はかからなかった。休み時間はいつも一緒にいたし、放課後もよくお互いの家に遊びに行ったりした。同じ部活に入ろうと誘われ、私たちは吹奏楽部に入った。「何の楽器にする?」と言われ、私は何となく直感でトロンボーンを指さした。翌日池田ちゃんに会うと「知ってる? トロンボーンって元々は宗教的なイメージが強かったんだけど、ベートーベンが交響曲で使ってそのイメージを身近なものに変えたんだよ。その曲が『運命』って言うんだ。だから、トロンボーンは『運命』から運命が変わったんよ」と得意げに話してきた。そのまま私たちは学校の近くの公園で「運命」を吹いた。正確に言うと、初心者の私たちにはまだ音は出ず、かすれた音をただ鳴り響かせただけだった。けれど私はそれがおかしくて、楽しくて、たまらなかった。ずっとこのまま池田ちゃんとは一生の友達でいれると思っていたのに、ある日突然池田ちゃんは学校に来なくなった。後々聞いたところによると元々持病があり、それが悪化したのと一度長期的に学校を休んでしまったためその後来づらくなったとのことだった。

それから私と池田ちゃんは一度も会っていない。それでもたまにふと、池田ちゃんを思い出すことがある。もう二度と会うことがなくても、あの日、公園に流れた掠れた音と私たちの笑い声を、私はきっと一生忘れないだろう。

今月の哀愁の一枚:パンダ・イン・ザ・レイン

雨の日の動物園で濡れたパンダ
雨の日の動物園で濡れたパンダ

雨の日の動物園。雨に濡れたパンダの哀愁たるや。

●松本花奈プロフィール

公開中のオムニバス映画『21世紀の女の子』で監督した『愛はどこにも消えない』が好評を博している松本監督
公開中のオムニバス映画『21世紀の女の子』で監督した『愛はどこにも消えない』が好評を博している松本監督撮影/植村忠透

1998年生まれ。中学生の頃より映像制作を始める。慶應義塾大学在学中。主な映画監督作は『脱脱脱脱17』(16)、『過ぎて行け、延滞10代』(17)など。『21世紀の女の子』が公開中。AbemaRADIOチャンネルにて、パーソナリティを務める『二十代映画欲求』(毎週土曜12時~)が放送中。

文/松本花奈

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