愛を渇望するまなざしがせつない…『存在のない子供たち』が描く子どもたちの“強さ”と“もろさ”
4月に中国で公開されると、いきなり興行収入ランキング1位の『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19)に次ぐ、初登場2位というヒットを記録するなど、大きな話題を集めたのが、レバノン映画『存在のない子供たち』(公開中)だ。
中東の貧しい人々や難民問題にスポットを当て、その底辺社会で出生届を出されることもないまま、つらい生活を強いられる子どもたちの過酷な体験と心の成長を描くヒューマンドラマ。昨年の第71回カンヌ国際映画祭では、コンペティション部門審査員賞とエキュメニカル審査員賞をW受賞し、さらに米アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞へのノミネートも果たした。
「耐えがたい状況に置かれている10億人もの子どもたちがいます」
監督、脚本、出演を務めたのは、本年度のカンヌ国際映画祭“ある視点”部門審査員長にも就任した、レバノン出身の美貌の才媛、ナディーン・ラバキー。おりしも“子どもの権利条約30周年”を迎える今年、初来日した彼女は、本作の制作にいたった理由について「私がリサーチ期間中に出会った何百人という子ども以上に、世界中には同じような耐えがたい状況に置かれている10億人もの子どもたちがいます。感覚が麻痺したままの子どもたちが大人になった時、この世界はどうなるのだろう?と考えざるを得ませんでした」と語る。
「彼らの人生の物語や経験をそのまま作品にもたらせてほしかった」
貧困、ネグレクト、虐待、親から子、そしてまたその子どもへと続いていく負の連鎖などは、世界中で実際に起こっている普遍的な問題だ。決して他人事ではすまされない身近なテーマが、多くの人の心を揺さぶり、深い共感を呼び起こす。
ラバキー監督が本作を撮るうえで強く意識したのは、なによりも「リアル」であるということ。フィクションでありながら、物語には3年間ものリサーチ期間中に監督自身が目撃し、経験したことが盛り込まれた。また、弁護士に扮した監督以外、主人公の少年ゼインをはじめ、ほとんどの登場人物は、役柄とよく似た境遇の素人が演じている。
デビュー作の『キャラメル』(07)でも、ラバキー自身が扮した主人公以外のほとんどのキャラクターに、プロの役者ではなく、それぞれ別の仕事を持つ素人を起用。相手に寄り添い、リアルな演技を引き出す演出の手腕は、彼女の優れた才能の一つだ。
「本作では特に、彼らの人生の物語や経験をそのまま作品にもたらせてほしかったんです。いわば、彼らのリアリティを、私の作ろうとしているフィクションに寄せていくという作業ですね。彼らにはいわゆる演技をしてほしくなかったので、彼らが緊張しないように、自然な環境の中で撮るようにしました。ロケーション、光、小道具など、すべてが本物。壁の落書きにいたるまで、実際にアパートに住んでいる子どもたちが描いたものです」