『ルパン三世 THE FIRST』の山崎貴監督が宮崎駿監督を心からリスペクト
令和元年、満を持して3DCGアニメーションで映画化された『ルパン三世 THE FIRST』(公開中)は、今年他界した原作者のモンキー・パンチにとっても悲願のプロジェクトだった。本作の脚本と監督を務めたのは、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズや『STAND BY ME ドラえもん』(14)などで知られる山崎貴監督。最先端の映像技術と味わい深い人間ドラマを両立させる山崎監督は、非常に打率の高い映画界のヒットメーカーだ。今回、山崎監督に単独インタビューをし、本作の制作秘話や、監督デビュー作『ジュブナイル』(00)から約20年のキャリアで、決してぶれないものについても話を聞いた。
本作でルパン一味が挑むのは、ルパン一世ことアルセーヌ・ルパンが唯一盗むことに失敗したとされる伝説のお宝「ブレッソン・ダイアリー」。それは第二次世界大戦時に、ナチスもねらっていたとされる秘宝だが、その謎を解くと膨大な財産が手に入るらしい。ルパンは、考古学を愛する少女、レティシア(広瀬すず)の協力を得て謎の解読に挑むが、秘密組織の研究者、ランベール(吉田鋼太郎)や謎の男、ゲラルド(藤原竜也)も秘宝を略奪しようとする。
「僕はこの作品を降りたほうがいいかもしれない、とまで思いました」
本作を含め、『フレンズ もののけ島のナキ』(11)、『STAND BY ME ドラえもん』、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(19)と、山崎監督が手掛けた3DCGアニメ映画は4本とも、画が完成する前に声優陣が台詞を先行収録するプレスコで制作されている。
「僕は、2Dアニメの監督経験も製作経験もないので、プレスコでしか作れないというか、声が入っていない状態の画について、良い、悪いのジャッジが下せません。3DCGアニメ映画は、実写映画と同じやり方で、まずは演技をしてもらい、それに対して演出をつけていという方法でやっています。もちろん技術的な問題でいくと、リップが完璧に合わせられるというメリットがあります。CGアニメでは、全部の口を母音に反応させるので、それをアフレコで完璧に合わせるのは技法的にかなり難易度が高いと思います」。
本作を手掛けた製作会社は、山崎監督の本陣スタジオ、白組ではなく、初めて参加するマーザ・アニメーションプラネットで、そこではハリウッド映画的なアプローチが取られたそうだ。
「まず、僕がすごいラフな画コンテを描き、アーティストたちがそれをストーリーボードにおこしてくれます。それを撮影してつなげたあと、音楽や台詞も入れて、最終的な完成版が想像できるレベルのものを作ったうえで、皆で何度も意見交換をし合うんです。いつもそういう訓練をしている人たちなので、そこでは、けっこう辛辣な意見も出てきました」。
そこで出た賛否の意見は「賛成」と「否定」に分けられ、2本のファイルにまとめられたが、手違いで「否定」の意見のみが入ったファイルを受け取った山崎監督は「全然ダメじゃないか」とかなりの衝撃を受けたそう。
「全部が否定的な意見だったので、僕はこれは止めた方が良い案件かもとまで思いました。
褒めてくれている意見もすごくたくさんあったのに、それは別ファイルだったので(笑)。ただ、ここまでやっておいて止めるのは悔しかったし、否定的意見が、自分でも弱点だなと思っているところを言い当てたものだったので、感心した部分もありました。だから、心が折れそうになりながらも内容を修正し、もう1本また別のストーリーボードを作り、再度ミーティングをしたんです。そこでもまた厳しい意見が出たので、『勘弁してくれよ』とは思いました(苦笑)」。
ただ、複眼的にストーリーを見ていくことで、作品がブラッシュアップされていくこともひしひしと感じていたそうだ。
「ピクサーやディズニーのアニメ作品が、ストーリー的に隙がないのは、この作業を徹底的にやっているから。僕らは彼らほどの予算はかけられないけど、今回は、いつもにも増してしっかりと土台作りをした感じです。その分、エッジが利かなくなり、非常に大衆的な作品になっていくけど、この映画は、それでいいと思いました。なぜなら“This is ルパン三世”的なわかりやすい映画を作ることが目標だったから」。
「どうしても、“カリオストロ愛”が漏れでてしまいました」
確かに、本作にはアニメ版「ルパン三世」へのオマージュがたっぷりと入っている。例えば冒頭の逃走劇では、ルパンが銭形たち追手を蹴散らし、最後にシャンデリアに飛び乗ったあと、「じゃーな!」と言って華麗に退散するシーンも既視感があり、思わずニンマリしてしまう。
「最初に、『ルパン三世』と聞いて思いつくシーンをピックアップし、それを物語に組み込んでいきました。ただしファミリー映画なので、お色気部分はあまり入れられなかった。本当は、ルパンが峰不二子に飛び乗り、服がスポーンと脱げる“ルパンダイブ”を入れたかったのですが(苦笑)」。
また、宮崎駿監督作『ルパン三世 カリオストロの城』(79)を愛してやまない山崎監督だけに、ヒロインについても同作のクラリスを意識せざるを得なかったという。
「レティシアの性格を設定する時、どちらかというと“陰”のキャラクターであるクラリスとは違う、“陽”に振った活発なヒロインにしようと思いました。また、クラリスはやりたいことがなくて、それをこれから見つけようという人だけど、レティシアにはすでに考古学というものがある。まあそんなふうにいろいろな点で、『カリオストロの城』から逃げようとしていたんですが、どうしても、“カリオストロ愛”が漏れでてしまいました(笑)。まあ、『ルパン三世』だし、本作もプリンセス・エスコート・ストーリーだし、今回は、“ルパン三世祭”として、パーッと花火を打ち上げる作品にしたかったので、良かったかなと思います」。
レティシア役の広瀬すずについては「声がすばらしい」と全幅の信頼を寄せてオファーした。アグレッシブなヒロインだが、銭形警部にお願いごとをするシーンでは、実際に目が星のようにキラキラ輝くという遊び心たっぷりのシーンもある。
「レティシア役は、絶対に広瀬さんにやっていただきたいと思っていたので、ほぼあて書きに近い感じで脚本を書きました。広瀬すずにそう言われたら、きっと銭形もイチコロなんじゃないかと思って、描いたシーンです」。
吉田鋼太郎と藤原竜也の力強いヒールぶりもすばらしい。「ルパンは軽いなかに強さがあるキャラクターだから、悪のキャラクターである2人には、重みをも持たせたかったです。2人とも舞台俳優として、シェイクスピアを演じられていますから、そういう力強いやりとりを入れたかったです」。
「僕は商業監督なので、興行成績は通信簿だと思っています」
また、令和の新時代におけるエポックメイキングな3DCGアニメ映画となった本作だが、どこか郷愁めいた“昭和感”がただよっている。それを象徴するのが『カリオストロの城』でも使われた、ルパンが銭形警部のしつこさに感心して放つ「さすがは昭和一桁!」と言う台詞だ。
「個人的な意見ですが、僕は『ルパン三世』にハイテクは似合わないと思っているので、時代設定も1960年代後半にしました。それは原作が描かれた時代でもあり、そうすると銭形警部の年齢も昭和1桁になります。銭形の属性がまさにその時代の“頑固親父”で、なにかに向かっていく執念やぶれない心を持っているけど、人情家で温かい。だから、あの台詞はどこかで入れたいと思っていました。また、その時代に設定すると、第二次世界大戦のころに使っていた飛行機などのガジェットも出せるし、なによりルパンが本来持っているロマンに合致すると思いました」。
音楽も昭和感にこだわり、「ルパン三世」の名曲を数多く生みだしたレジェンド、大野雄二にオファーした。「特にラストの曲は“超昭和”にしたかった。僕は『炎のたからもの』がものすごく好きなので、大野さんにも『それを超えてください』と、無茶なお願いをしました。そしたらできあがった曲『GIFT』が昭和感満載で、すごくいいなあと思いました。僕にとって大野さんの曲は、角川映画のイメージがすごく強くて、それは薬師丸ひろ子さんのイメージとも直結しちゃうんです。大野さんと仕事をさせていただくチャンスなんてそうそうないから、自分の趣味も乗せてお願いしました」。
「炎のたからもの」といえば『カリオストロの城』の主題歌だが、山崎監督が心から宮崎駿監督をリスペクトしているのは言うまでもない。過去に『風の谷のナウシカ』(84)の実写版を撮影してやってみたいと発言したこともあるが「それを実現するのは、生半可なことではない」と十分わかっている。
「誰か、デモフィルムを作るお金を僕に出してくれないかな。僕はそれを作れるだけでも満足ですが、仮にそれを宮崎監督にお観せしに行くとします。それで宮崎監督から『こんなものに対していいと言うわけないだろ』と一喝されて、『そうですよね』と帰ってくるところまでをワンセットで想像しています(笑)。それくらい、宮崎監督にとっての『風の谷のナウシカ』は、特別な作品だと思っているので。聖域すぎて、プロデューサー陣も『実写化したい』とは言えないようです」。
これまで数多く、原作のある映画を手掛けてきた山崎監督だが、作品選びについて「基本的に自分が好きな作品、もしくは好きになれそうな作品しかやってきてないです」と言う。もちろん「ルパン三世」もその1つだが、その上で常に目指しているのは、「その作品のファンである自分が観たいと思う映画」だと言う。
「そこはずっとぶれていない。でも、ファンに喜んでほしいと思って作った映画が、マスのお客さんが観たかったものとピッタリ合致する時もあれば、ずれる時もあります。実際にずれていて、すごく怒られた経験もありますが、そこはしょうがない」。
ちなみに、山崎監督はSNSで自分の作品についての意見もチェックするそうだ。「SNSは大好きですし、痛めつけられてもそれはそれで受け止めます」と言う。「なぜなら、僕の映画のことを気にかけてくれる人が、ものすごく濃い内容のコメントを書いてくれるわけだから。もしかして、いつかはそのユーザーの想いがラブに変わるんじゃないかと」となんだかたくましい。
「でも、その声を参考にしたりすると、やりたいことがぶれるので、よっぽど感心した意見しか取り入れないです。それよりも、サイレント・マジョリティの気持ちを大切にしたい。どこにたくさんのお客さんがいて、その人たちが求めているものはなにかということをいろいろな方法で探っています」。
『永遠の0』(13)や「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズなど、数多くの作品をメガヒットさせてきた山崎監督。気になる数字については「僕は商業監督なので、興行成績は通信簿だと思っています。だから作品を褒められても、興行的に当たらないとわりと辛い」とキッパリ言い放つ。
「僕は商業的な作品を作り、できるだけたくさんの人に映画を観てもらいたい。でも、日本にはそういう目標を掲げている監督がいなさすぎます。そうすると、映画というもの自体が、産業として弱くなってしまうのではないかと。普通はそういう人たちがたくさんいるなかで、アートっぽいことをやる人間が少しいるというのが、正しいバランスだと思いますが、日本はそうじゃない。だから僕は敢えて、そっちを目指したい」。
山崎監督自身がこう言い切れるのには理由がある。「そもそも僕は、角川映画と80年代のブロックバスタームービーで育ってきたので、そこは僕の聖域でもあります。そういう映画が好きなので、そこを目指したいだけ」。
それは、監督デビュー作『ジュブナイル』のころから一貫して変わってはいない。そして当時から、いつか「スター・ウォーズ」のような映画を撮ることが夢だと言う。
「最終的にはそういう映画を作りたいのですが、それにはかなり予算がいるし、相当チャレンジグな試みとなるはず。だからこそ、作る作品をヒットさせて、結果を出せる人にならなければと思っています。とはいえ、情熱は時間と共に衰えてしまうので、やりたい気持ちがあるうちにやらないと」と気を引き締める。
また、2020年には東京オリンピックとパラリンピックも開催されるが、山崎監督は「東京2020 開会式・閉会式 4式典総合プランニングチーム」の一員でもある。来年の抱負について聞くと「最近宮崎監督の13時間くらいあるドキュメンタリーを見て、とことん考えている姿を見て、心から感動しました。あのくらい作品について真剣に考えて作品を造る人間になりたいです」と笑顔で締めくくってくれた。
取材・文/山崎 伸子