メディアの恐ろしさを描く『リチャード・ジュエル』を報道のプロたちが絶賛!「次は自分が“メディアギャング”になるかもしれない」
米国アトランタで実際に起きた爆破事件を基に描いた、クリント・イーストウッド監督の最新作『リチャード・ジュエル』(1月17日公開)の公開記念トークイベントが1月8日によみうりホールで行われ、報道の世界に長年携わってきた長野智子(報道キャスター)、デーブ・スペクター、阿部祐二(TVリポーター)、下村健一(元TBSニューヨーク支局勤務)の4名が登壇。メディアによる冤罪や報道被害が大きなテーマとなる本作で、問われる報道のあるべき姿について激論を交わした。
1996年のアトランタ五輪で起きた爆破事件。メディアの報道によって第一容疑者に仕立てられてしまった爆発物の第一発見者である警備員のリチャード・ジュエルは、弁護士ワトソンと息子の無実を信じ続ける母ボビと共に闘うことを決意するが、彼らの前にアメリカの巨大組織や政府、そしてマスコミが立ちはだかる…。
はじめに本作を観た感想を聞かれると、当時ニューヨーク支局で勤務しジュエル本人に会っていた下村は、「オープニングで(ジュエルの)顔がアップになった時に、本物?って思ってしまいました。それくらいイーストウッド監督が、忠実に史実を再現しようとしているのだなと。まずそこにくぎ付けになりました。しゃべり方とかも本当によく似ている」とかなり驚いた様子。またテレビリポーターとして日々現場に足を運んでいる阿部は、「我々メディアは取材対象に対してかなり前のめりになる。この前のめりになってる時の恐怖っていったらないと、自分でも思って取材をしている。だからいかに、その前のめりの体勢を起こして、立ち止まることができるかどうか。そう考えながら観ていました。私の日々の取材活動にかなり関連しています」と力強く語った。
またデーブは、本作の事件は「暴走気味の行き過ぎたメディアとしての最大の事例。そこで闘った弁護士の重要性というか、弁護士がいなければどういう世の中になっているかっていう、ある意味では心強くなる映画」だと話し、さらに調査報道番組で冤罪事件を取材していた長野は、「警察が見立てたストーリーを崩せずに暴走する場面や、メディアスクラムで間違った報道をしても責任をとらないメディアとか、アメリカで起きていることなんだけど完全に日本で起きていることと重なってしまって、ゾクゾクしました。すごいリアリティ」と本作を絶賛した。
本作では、記者にとってスクープが非常に重要だと描かれているが、報道とはどうあるべきかを問われた阿部は「僕たち取材者は、誰も見たことがない聞いたことがない、一番にということをどうしても追い求めてしまう。でもそこにはかなりの罠が潜んでいて、そこで立ち止まるということが、流れができてしまったら難しいんです。なに信頼筋だと疑問を持つことがあるんですけど、“信頼筋が発表した”、それに乗っかったら報道は恐ろしいものです。それがたまたま正しい方向にいればいいんですけど、この映画のように間違った方向にいっている時に、誰が食い止めることができるのか、それはすごく感じました」とメディアの恐怖を吐露。本作は「僕にとって非常に重要な映画。2回ほど観てますが、毎回感じ方が違う。まだまだ重ねて観ていきたい。僕が観なきゃいけない映画」だと熱く語ると、すかさずデーブが「なんかスッキリしましたね(笑)。いまの話、聞いてとくダネ!」とお互いの出演番組名にかけたジョークを飛ばし、会場の笑いを誘った。
また、下村が所有している当時の写真が映しだされると、本作と実際のリチャードがそっくりなことにゲストたちもびっくり。下村は、「リチャードはこの事件のあと、毎年あの事件の日になると現場に行って一輪のバラの花をたむけていた。そういう優しい人なんだと忘れずに(本作を)観てほしい」と呼びかけ、SNSが主流となった現代については「いまは我々全員がメディア時代」だとしつつ「あの四角く切り取った画面が全世界だと思うなよということ」だと、強く警鐘を鳴らした。
最後には、下村が「ジュエルさんに直接聞いた言葉のなかに、“メディアギャング”という言葉がありました。次は自分がギャングになるかもしれないと考えながら、観ていただきたい」と訴えかけ、長野も「私たちが報道をやっていて伝えたいことが、イーストウッド監督によってストレートに皆さんの心に響くメッセージになっていると思う」と強くアピールした。
文/富塚 沙羅