水浸しの機材破損にジョニデの降板…9回もの企画頓挫を乗り越えた『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の歴史

コラム

水浸しの機材破損にジョニデの降板…9回もの企画頓挫を乗り越えた『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の歴史

鬼才テリー・ギリアム監督が30年以上前から着手しながらも、多発する問題により企画が流れ続けた呪われた作品をご存知だろうか。それが現在公開中の『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』だ。9回(!?)もの企画頓挫を乗り越えて、ついに完成にこぎつけたこの本作の呪われた歴史を紹介したい。

自身をドン・キホーテと思いこむ老人ハビエルは、主人公のドビーを従者にして旅に出る
自身をドン・キホーテと思いこむ老人ハビエルは、主人公のドビーを従者にして旅に出る[c] 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

『未来世紀ブラジル』(85)、『バロン』(89)、『Dr.パルナサスの鏡』(09)など、幻想的で少しダークな風味が効いた独特の世界観の作品を生み出し、映画ファンの心を掴んできたギリアム。そんな彼が「完成する日は一生来ないのではないかと思った」と言うほど、多くの障害に見舞われた本作の映画化に取りかかったのは1989年のこと。スペインの傑作古典小説「ドン・キホーテ」は騎士道物語を読み過ぎたために、現実と物語を区別できなくなった男が冒険の旅に出る物語だが、ギリアムは単純な映画化ではなく、「ドン・キホーテ」のエッセンスを捉えたオリジナルストーリーの脚本で映画を作ることにした。長く続く“呪い”の始まりだ。

【写真を見る】文字通り“いばらの道”だったテリー・ギリアムの「ドン・キホーテ」映画化への道
【写真を見る】文字通り“いばらの道”だったテリー・ギリアムの「ドン・キホーテ」映画化への道[c] 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

企画発足当初は、『髪結いの亭主』(90)などの名作で主役を張るジャン・ロシュフォールと、ジョニー・デップ、ヴァネッサ・パラディらによるキャスティングが予定されていた。そして、いざ2000年に撮影をスタートさせると、現場が突然の鉄砲水に襲われて撮影機材が流出。さらに、ロシュフォールが乗馬シーンで腰の痛みを発症して降板する事態に。しかも保険金が支払われることになり、保険会社に脚本の所有権が渡ってしまう。これらの悪夢についてはドキュメンタリー映画『ロスト・イン・ラ・マンチャ』(03)で確認してみてほしい。

09年、脚本の権利問題が解決して撮影が再開されるが、人気俳優となり多忙を極めるデップが降板。その後、さらなる資金繰りの失敗を乗り越えて、15年にクランクイン直前までこぎつけるも、当時ドン・キホーテ役に決まっていたジョン・ハートがすい臓がんと診断されたため撮影中止に(ハートは17年に死去)。16年には再び資金繰り失敗。そこを乗り切って、17年に(現在のキャストで)再クランクイン。2018年カンヌ国際映画祭のプレミア上映で絶賛されるも、権利問題勃発でギリアムの映画化権が剥奪されてしまい、世界各国での上映が白紙に。せっかく完成したのに…!!

と、“映画史上最も呪われた企画”という名に違わぬ紆余曲折を経て、ついに日本公開となった本作。新たなキャストには、「スター・ウォーズ」新3部作のカイロ・レン役で名を上げたアダム・ドライバーを主演に、『未来世紀ブラジル』や『ブラザーズ・グリム』などギリアムとは4度目のタッグになるジョナサン・プライスがドン・キホーテに扮し、ステラン・スカルスガルドやオルガ・キュリレンコといった実力派キャストが名を連ねる。

靴職人だったハビエルは10年もの間、ドン・キホーテとして振る舞っていた
靴職人だったハビエルは10年もの間、ドン・キホーテとして振る舞っていた[c] 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

ストーリーはドライバー演じるスランプ中の若手CM監督ドビーが、学生時代に撮った映画「ドン・キホーテを殺した男」の主役である老人ハビエル(プライス)と再会するのだが、彼は10年もの間、自分をドン・キホーテだと思い込んで過ごしており…というもの。騎士のように振る舞うハビエルに巻き込まれ、旅に出ることになったドビーは、次第に自らも夢とも現実とも区別のつかない虚構に狂っていく。

9回も企画頓挫した『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の世知辛い歴史を紹介
9回も企画頓挫した『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の世知辛い歴史を紹介[c] 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

ユーモラスでありながらギリアム監督作だけあって、ただのコメディでも夢物語でもない本作は、ヨーロッパでは大絶賛だったが米国では酷評されたという問題作。映画制作にトラブルはつきものであるとはいえ、多発し過ぎる問題はまさに呪い…。完成後も物議を醸し続けている『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』、ぜひ波乱の歴史を感じながら鑑賞していただきたい。

文/トライワークス

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