なぜ、入社1年目の宣伝マンは『犬鳴村』で缶詰を作ったのか?【実録映画宣伝 犬鳴仁義】
“日本最恐の心霊スポット”と呼ばれ、地元の人間でも近づくのをためらうという旧犬鳴トンネル。高く積まれたブロック塀の隙間から目を凝らすと、内部の様子が見えそうで見えない。ひんやりした空気のなか取材陣が圧倒されていると、KさんとTさんは折り畳みテーブルを出し、粛々と作業の準備を始めている。Tさんはテーブルから目線をそらさずに吐き捨てた。「やんないと終わんないスからね」。
彼女たちが持ち込んだ缶詰マシン、正確には家庭用缶ロール機という機械をご存じだろうか。知らない方はこの写真を見てほしい。
仕組みは至ってシンプルで、テーブルに固定させた本体に缶と蓋のパーツをセットし、ねじを回すと2種類のローラーによって缶が密閉されていくというものだ。使い方はネット上にわかりやすい解説が転がっているし、実際に使っている様子がわかる動画も複数アップされている。しかし困ったことに、ここは旧犬鳴トンネル。調べようにも電波が入らないのだ。
「やばい、全然わかんない」とKさんが説明書と格闘する。Tさんが呟いた「呪われてるんじゃないですか」のひと言も、このロケーションではまったく笑えない。
そのまま試行錯誤は30分も続き、2人の間には険悪な雰囲気が流れはじめる。なぜこんなことをしているのか。なぜこんな目にあっているのか。2人が目指した映画宣伝の世界は、もっと華やかだったはずだ。自問自答の答えは、彼女たちの背景にたたずむトンネルの奥に吸い込まれていく…。
始発で東京を発ち、重い荷物を背負い山道を登ってきた2人の顔には、疲労の色が浮かんでいた。疲れ果てて座り込んだKさんがため息をつく。「私たち、なにしてるんだろうね」。
同時期に宣伝会社に勤めはじめた2人は、チームとして映画宣伝に身を捧げてきた。小柄な外見に反し、持ち前のガッツでプロデューサーたちと渡りあうKさん。新卒ながら、学生時代には生徒会長まで務めたしっかり者のTさん。年齢は離れていても、まるで姉妹のようにお互いを補い合う2人は傍から見ていてもいいチームだった。
しばらくの沈黙のあと、「やりましょう、みんな待ってますよ」というTさんの言葉で2人は立ち上がり、作業を再開した。「ガチじゃないと意味ないんで」とKさんは缶を天高く掲げ、空気をしっかり詰めてTさんに手渡す。Tさんは缶に詰まった呪いの空気を逃さないよう、急いで蓋をして密封する。