なぜ、入社1年目の宣伝マンは『犬鳴村』で缶詰を作ったのか?【実録映画宣伝 犬鳴仁義】
近くに手洗いなどもなく、山中は昼間でもひんやり。そんな状況下でも彼女たちはもう迷っていなかった。すべては『犬鳴村』のため。清水監督や三吉さんが心血を注いで完成させた映画を楽しみに待っている人のために、私たちは缶に空気を詰めるんだ。そのためには、本物じゃないと意味がない。ディスカッションをしながら工夫を重ね、新鮮な呪いを詰め込んだ缶詰は、次々に出来あがっていった。
すべての缶が完成したころには、あたりは夕陽に包まれはじめていた。完成した缶を積み上げ、2人は目を閉じる。「どうか映画がヒットしますように」。そんな2人の姿を見て、取材陣も不思議な感動を感じていた。
宣伝マンは1人でも多くのお客さんに映画を観てもらうため、日夜知恵を絞り間口を広げようとする。「犬鳴村の缶詰」という企画を最初に聞いた時、僕はハッタリだな、と感じた。しかし「本物じゃないと意味がない」と真摯に取り組む2人の姿は、映画宣伝への“仁義”にあふれていた。宣伝プロデューサーのS氏が本物を作ることにこだわった意味が分かったような気がした。
2人の真摯さに心を打たれた僕はその光景を写真に収め、「犬鳴の空気を缶に詰めています」というメッセージとともに清水監督に送信した。
福岡市内に宿泊した翌朝、空港に集合すると2人の持つ段ボールが増えていた。Kさんに尋ねると、「追加の缶詰が必要になりまして、朝イチでまた山に登って追加分を作ってきたんです!」という。
僕たちはその場で、荷物発送のため別行動になる2人の記念写真を撮影した。フレームに収まった彼女たちの表情には、本物を作りあげた達成感がにじんでいた。清々しい気持ちでその背中を見送っていると、ふと携帯が鳴った。
恐る恐る送り主を見ると、清水監督からの返信だった。開封したメッセージにはこう書かれていた。
「何じゃそりゃww」
僕も、心底そう思った。
取材・文/編集部