アメリカ人監督が見た名店「すきやばし次郎」の味の秘密「常にピュアでエレガントであること」
東京・銀座の地下にあるカウンター10席ほどの鮨店「すきやばし次郎」。店主・小野二郎さんの職人としての生き様に迫る『二郎は鮨の夢を見る』が2月2日(土)より公開される。メガホンを取ったのは、アメリカ人のデヴィッド・ゲルブ監督だ。モダンな映像でとらえられた鮨作りの美しさも大きな驚きだが、それ以上に胸を打つのが小野二郎さんの情熱。日本人の私たちにとっても、新鮮な驚きと発見に満ちたヒューマンドキュメンタリーに仕上がった。来日した監督を訪ね、本作に込めた思いを聞いた。
デヴィッド・ゲルブ監督は1983年にニューヨークで生まれた。そもそも、なぜ鮨をテーマに映画を撮りたいと思ったのかと尋ねると、「アイ・ラブ・スシ!」と大きな笑顔を見せた。「僕は、仕事の関係で父親が出張で日本に来る度に、一緒に連れてきてもらっていたんだ。最初に来たのは2歳の時。母に聞くと、僕はベビーカーに乗ってかっぱ巻きを食べていたらしいよ(笑)。その頃から、鮨が大好物なんだ。鮨は視覚的にも最も創造的な料理であるとも感じていたし、これまで僕は、鮨を題材にした映画なんて見たことがなかった。他の人がやらないんだったら、『じゃあ、僕がやろう』と思ってね。鮨を通して、未知の冒険に出たかったんだ」。
映画を撮ろうと決心をして、東京へとやって来たデヴィッド監督。料理評論家の山本益博と出会い、彼と一緒に様々な鮨店を回ったという。そのなかで行き着いたのが、ミシュランガイド三つ星に輝く「すきやばし次郎」だ。「二郎さんこそ、映画のテーマだと思った。撮影時に二郎さんは85歳だったけれど、彼は『今、やっと鮨のことがわかってきた』と言うんだ。自分に対して、そこまで厳しいのかと驚いたし、『僕も彼のようになりたい!』と強いインスピレーションを受けた。世界一の鮨職人だと言われて、たくさんのことを形にしてきたにも関わらず、彼には欠陥しか見えていない。それをいかにより良くしていくかということばかり考えているんだ」。
厨房や築地市場など、鮨作りの裏側が映し出され、二郎さん、そして彼のふたりの息子の心の奥にまで迫っている。日本人の職人たちと、どのように心の距離を縮めていったのだろう。「最初は、カメラを持ち込まなかった。彼らのプライバシーに土足で踏み込むようなことは絶対にしたくなかったし、僕がリスペクトを持っていることを感じてほしかったんだ。そうしていくうちに、だんだんと3人とも協力的になってくれて。『こうしたら面白いんじゃないか』と提案してくれたり、彼ら自身のプロジェクトにもなっていった。時々、ドキュメンタリーでは、監督が思っている、その思いを撮るために主体を映し出しているようなものがあるよね。そうではなくて、僕は彼らのストーリーを彼ら自身で語ってほしかったんだ」。
二郎さんの仕事に対する誠実な姿勢や、ふたりの息子との関係など、監督がクリエイターとして刺激を受けることも多かったという。「学んだことで一番重要だったのは、忍耐を持つことだね。本当に良いと思えるものができるまで、何度も、何度も努力して、向上心を持ち続けること。そして、常にピュアでエレガントであること。この映画も、二郎さんから学んだことを応用して作り上げたと自負しているんだ。ナレーションやスーパーも使わずに、ピュアを目指す。それはたやすいことではなかったけれど、ベストなものを作るためには、険しい道だって選ばなければいけない。それも二郎さんの哲学だよね」。
二郎さんの仕事の美しさを際立たせるのが、クラシック音楽の旋律だ。音楽のこだわりとは?「山本さんが『二郎さんの作る“おまかせコース”は、まるでコンチェルト』だといった時に、パッと僕の頭に電球が光って(笑)。全くその通りだと思ってね。僕の最もお気に入りの楽曲、モーツァルトのピアノコンチェルトが、とてもしっくりくると思ったんだ。あとは、フィリップ・グラスの曲も使っている。グラスの楽曲は、繰り返しが多く使われるんだけれど、だんだんとより高みへエスカレートしていくのが特徴。それが二郎さんの、毎日ルーティーンを繰り返すなかで、日々向上していく姿と重なったんだ」。
二郎さんが清々しい笑顔を見せるラストシーンが何とも印象的だ。自分に厳しく、節制をし、努力を惜しまない。その生き様は、顔にも表れるものだと実感させられる。「撮影をしている時に、あのシーンが特別な瞬間だとすぐにわかったんだ。とてもパワフルな瞬間だった。実はあの時、カメラで撮っている僕の隣に、赤ちゃんがいたんだよ(笑)。赤ちゃんが変な顔をしたのかもしれないね。二郎さんと築いた関係があったからこそ、リラックスして、楽しんで、素顔を見せてくれたんだと思う」。
二郎さんとの出会い、そして大好きな鮨のこととなると、話が止まらないといった様子で、嬉しそうに語ってくれたデヴィッド・ゲルブ監督。「ドキュメンタリーの醍醐味は冒険に繰り出せること。でも、次の映画はSFホラーさ。同じものを撮ったり、簡単な道を進むことはつまらないからね」と笑う。日本で受けた刺激を力に、より高みを見つめていた。【取材・文/成田おり枝】