ダバダバダ『男と女』の名優82歳が体現した究極の夫婦愛とは?
第85回米国アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した、鬼才ミヒャエル・ハネケ監督『愛、アムール』(3月9日公開)。本作では、主演のエマニュエル・リヴァが同アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた他、多数の映画賞に輝いたが、もうひとりの主演を務めた名優の存在も忘れてはいけない。その人こそ、クロード・ルルーシュ監督作 『男と女』(66)のベテランスター、ジャン=ルイ・トランティニャンである。彼が映画出演を果たしたのは、『歌え! ジャニス・ジョプリンのように』(03)以来、約10年ぶりとなった。
『愛、アムール』でトランンティニャンとリヴァが演じたのは、パリで仲良く平穏に暮らしていた老夫婦だ。ところが妻の発病によって、夫が介護をすることになり、ふたりが少しずつ追い込まれていく。最後に夫が妻のために取った選択を、見る者はどう受け止めるのか? 見ている途中から異様な緊迫感が漂っていくが、さらに見終わった後、嵐のように心が揺さぶられるという作風は、まさにミヒャエル・ハネケ作品ならではのものだ。
エマニュエル・リヴァといえば、アラン・レネ作『24時間の情事』(59)のヒロインでも知られる往年の美人女優だが、本作では自由に動かなくなった体に苦しむ難役を気高く演じ、再び演技賞の賞レースで健闘したことは実に喜ばしい。でも、その妻を支えるジョルジュのリアルな戸惑いや静かな苦悩を表現したトランティニャンの存在感も見事だったと思う。第18回リュミエール賞や第38回セザール賞で、ふたりが主演男優賞と主演女優賞をアベック受賞したのは正当な評価だろう。
ご存知、フランシス・レイによる「ダバダバダ」のスキャットでも有名な『男と女』で、若きトランティニャンは、互いに心に傷を持つ男女の切なく美しい愛を体現した。でも『愛、アムール』では、いぶし銀となった彼が、今だからこそ表現できる老紳士の哀愁を漂わせ、至高の愛の物語を紡ぎ上げたと言える。第65回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールや、第70回ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞など、世界各国の映画祭で絶賛された本作は、腰をすえてスクリーンで観賞したい。【文/山崎伸子】