貫地谷しほりと竹中直人、衝撃の共演シーンの舞台裏
堤幸彦監督が、2012年に解散した劇団・東京セレソンデラックスの人気舞台を映画化した『くちづけ』(5月25日公開)で、2度目の親子役を演じた貫地谷しほりと竹中直人。初主演を務めた貫地谷は、30歳の体に7歳の心を持つ知的障害者の娘マコ役を、竹中は彼女に心から愛情を注ぐ、父親いっぽん役を演じ、海のように深く切ない愛を体現した。ふたりにインタビューし、衝撃の見せ場のシーンなど、気になる撮影秘話について聞いた。
いっぽんは、かつて「愛情いっぽん」というペンネームの人気漫画家だったが、娘マコのためにその道を断念した。ふたりは、知的障害者たちのグループホームで暮らすようになり、平穏な日々を送っていたが、やがて悲劇が起こる。貫地谷は、脚本を読んだ時に戸惑いを感じたそうだ。「自分のなかで整理し切れなくて、気が動転しました。竹中さんと私が共演し、タイトルも『くちづけ』だから、最初はコメディだと思っていたので」。
竹中は、基本的に台本はさっと目を通すだけだという。「僕は、話の流れを把握して演じるのが駄目なんです。分からないままやりたい。台本は常に流し読みです。結末は知りたくない。着地点を知って演じたくはないから。だから、ラストシーンは驚きました」。
笑顔で語る竹中を横目に、貫地谷は「撮影中は本当に辛くて」と告白。悩んだのはマコの役作りだ。「施設を見学に行かせてもらえば、答えが出るかと思っていたけど、行ったらさらに選択肢が広がってしまいました。また、施設で働いている方に『知的障害者を扱った作品を見て、今までどう思われましたか?』と聞いたら、『現実と違います』という厳しい意見もいただいて。それで、私は『とにかく、嘘をつかない芝居をしたいと思っています』と言いました。私はあまり悩まないタイプですが、こんなに悩んだのは初めてでした」。
竹中は「そうだったのか。ごめんよ。僕だけ楽しくて」と貫地谷に頭を下げる。「でも、そういう感じは一切伝わってこなかった。しほりちゃんは、マコ役をとても良い感じで自分のものにしていたので、しほりちゃんの『いっぽん!』と僕を呼ぶ声をはじめて聞いた時、二人で過ごしてきた30年間が心に広がりました」と賛辞する。
いっぽんが、知的障害者を取り巻く今の環境を憂い、「そういう子たちが普通に生きれる世の中にすべきじゃないのか!」と訴えかけるシーンには胸がぐっとくる。貫地谷は「そういう投げかけをする作品なのかなと思いました」と重々しい表情で口にすると、竹中は「私が言うとそんなに重くはならなかったでしょ?」とおちゃめに笑う。貫地谷も「すごく素敵でした」と明るい笑みを浮かべる。
それぞれの個性派俳優陣が奏でるアンサンブル演技も見どころがいっぱいの本作。竹中は充実感あふれる表情でこう振り返った。「本当のドラマは、人が人をどう感じて受け止めてゆくか、それが感情のリズムになってゆきます。だから常に触覚を伸ばして、多くの出演者やスタッフを感じて動いてゆく。素晴らしいスタッフとキャストに恵まれて、緊張感のあるとてもいい現場でした」。
特に、貫地谷と竹中のクライマックスの衝撃的シーンは、見る者の胸を鷲づかみにする。貫地谷は、このシーンの竹中について「リハーサルをした時、全然予想もしてなかったお芝居だったので驚きましたし、そっちの感情に引きずられそうになりました」と語った。「本番前に、ただ見つめ合っているだけなんですが、感情が込み上げてきて、あふれ出しそうなんですが、あふれ出してはいけなくて。すごく辛かったです。カットがかかる度に号泣です。メイクを直して、もう一回向き合って、また号泣。すごかったです」。
堤幸彦監督のただならぬ情熱の指揮下で、役に成り切るというよりも、マコといっぽんとしてそこに生きた貫地谷しほりと竹中直人。舞台をリスペクトしつつも、映画ならではの作品になった『くちづけ』は、作り手の思いがふんだんに詰まった一作となった。【取材・文/山崎伸子】