エディ・レッドメインの壮絶な役作りを監督が告白
『博士と彼女のセオリー』(3月13日公開)のスティーヴン・ホーキング博士役で、第87回アカデミー賞主演男優賞に輝いたエディ・レッドメイン。エディが初々しいガッツポーズを見せたスピーチは、授賞式のハイライトだったように思う。
作品賞など主要5部門にノミネートされた本作を手がけたのが、ジェームズ・マーシュ監督だ。彼は本作とどう向き合い、エディたちにどんな演出を施したのか。インタビューし、その舞台裏について話を聞いた。
『博士と彼女のセオリー』は、難病ALSと闘いながら研究に打ち込んだスティーヴン・ホーキング博士と、彼を支えた妻ジェーンとの愛の奇跡を綴ったヒューマンドラマだ。映画化にあたっては、博士についていろいろと発見することが多かったと監督は言う。
「ホーキング博士が結婚していることは知っていたけど、まさか子どもが3人もいたなんて。また、病気に冒され余命2年だと診断されながら、学生時代に出会ったジェーンと結ばれ、やがて結婚生活が複雑になっていく。そういったドラマティックな展開は、全く知らなかったんだ」。
だからこそ監督は、物理学の世界でいろんな発見をしている天才博士の新しい見方ができるんじゃないかと考えた。「素晴らしいキャリアを歩んでいくドラマティックな物語というよりは、エモーショナルな物語を描くことで、映画が面白くなるんじゃないかと思ったよ。ジェーンとの生活がなければ、果たして博士はあそこまでの実績が残せただろうか?そういうこともきっちり伝えれば、とても心に響く映画になると思った」。
映画化に際し、ホーキング博士側からのリクエストはあったのだろうか? 監督は「NO」と穏やかに答えた後、こう補足した。「ジェーンさんから映画化の承諾をもらえるまで数年かかったけど、決まってからは自由に作らせていただいたよ。でも、彼女から、あまりリアルに性的描写を描かないでほしいという気持ちが伝わってきたので、僕らはその気持ちをくみ取ることにした。
実際、博士には3人の子どもがいるし、性交渉をしているというのはほのめかしたけど、そのシーンを赤裸々に描くことで、博士へのリスペクトの念がそがれてしまうことは避けたかった。真に迫った描き方をするのは、時に難しかったりするけど、本作では微妙なラインを成立させなければいけないという責任感を常に感じていた」。
妻ジェーン役のフェリシティ・ジョーンズも主演女優賞にノミネートされた。監督がエディたち2人を演出しているなかで、特に若き時代のシーンがとても光っていたと言う。「ケンブリッジで、撮影初日の午前中に撮ったシーンだ。ちょうどお互いに惹かれ始めた2人が、川沿いを駆けていく。そこでスティーヴンが自分のセオリーを話すという20分くらいのシーンだ。その時、彼らの間に化学反応が起こったよ。役柄に命が吹きこまれていく様を見て、素晴らしいものができると確信したんだ」。
幸せな出会いから一転し、スティーヴンの病が発覚する。エディは、徐々に肉体の自由が奪われていく様を体現。彼は、病気の進行のさまざまな退化ステージを表現しなければいけなかったため、実際に医師からそのプロセスを学ぶと共に、実際の患者を訪問したりしたそうだ。「だんだん体が蝕まれている病だから、患者の方々と共に時間を過ごすこと自体、大変だったと思う」。
実際にエディが心理的に乱れたこともあったそうだ。「演技面はもちろん、肉体的にぎこちない体勢を取らないといけなかったし、撮影の準備段階でナーバスにもなっていた。思っていたように上手くいかない時だってもちろんあった。でも、そういう時に、支えになるような言葉をかけるのが監督の仕事だからね。でも、エディは本当にまっとうな感覚をもっている知的な俳優だ。難しい部分を自分のなかで咀しゃくして演じてくれたよ。その結果、映画を見たホーキング博士自身が『まるで自分自身を見ているようだった』とコメントしてくれた。それが、エディにとっては最大のほめ言葉だったと思う」。
映画を見れば、エディ・レッドメインの凄まじい成りきりぶりに度肝を抜かれるかもしれない。それと同時に、彼が体現した夫や父親としてのホーキング像に、心が揺さぶられるに違いない。映画を見終わった後、改めて『博士と彼女のセオリー』という邦題がぐっと来る。【取材・文/山崎伸子】