ウィンターボトム監督は「巨匠ではない」ところが良い?
イタリアで実際に起きた英国人女子留学生殺害事件を題材にマイケル・ウィンターボトム監督が映画化した『天使が消えた街』(9月5日公開)の公開直前イベントが8月24日、東京・月島のブロードメディア試写室で開催。試写上映後に映画監督の松江哲明と、映画評論家の柳下毅一郎が登壇し、映画を解説するトークショーを行った。
本作で扱われているのは、2007年に起き、イタリア犯罪史上最も国際的な注目を浴びたという「ペルージャ英国人女子留学生殺害事件(アマンダ・ノックス事件)」。イタリア・ペルージャにある共同フラットの一室で、イギリス人女子留学生メレディス・カーチャーの他殺体が発見され、ルームメイトのアメリカ人留学生アマンダ・ノックスとその恋人のイタリア人男性が逮捕された事件だ。
容疑者のアマンダが若く美しい女性だったため報道は加熱。乱交セックスやドラッグが絡んだ事件の背景が誇張して報じられ、アマンダや被害者の個人情報がネット上に拡散するなど、センセーショナルに取り上げられてしまう。しかも、決定的な証拠や動機の欠如、捜査ミスなどにより、裁判の判決が二転三転するという異例の事態を引き起こした。本作は、事件を再現したクライム・スリラーや真犯人を暴こうとするようなミステリーではなく、主人公である架空の映画監督が実在の事件を“映画化”しようと現地に赴き報道の過熱ぶりを目の当たりにする中で、映画作りに苦悩し葛藤する姿を描いたフィクションとなっている。
そんな本作の魅力について、松江監督は「ただ事件についてストーリーを語るだけでなく、物語以上のなにかを掴もうとしているところが、誠実な映画だなと思う」とコメント。柳下も事件の詳細を解説しつつ、「ほとんどの人はなんのことだろうって思うだろうけれど、映画は『メレディス・カーチャーに捧ぐ』と、被害者に捧げられて終わるんです。誰もが事件やアマンダ・ノックスについて語るけど、犠牲者は忘れられているんですよね。どうしてもセンセーショナルなことに目を奪われがちだけど、実際に1人の女性が殺されていることを忘れてはいけない、そこにウィンターボトムの倫理性を感じます」と語り、扇情的に報道するメディアに疑問を投げかける作品に賛辞を送った。
これまで『ひかりのまち』(99)、『イン・ディス・ワールド』(02)、『24アワー・パーティー・ピープル』(02)といった多彩なジャンルの作品を放ってきたマイケル・ウィンターボトム監督について、柳下は「キャリアもあるし映画も面白いのに、その割に巨匠っぽく扱われていない。いい意味でイギリスっぽい“ドン臭さ”と“軽さ”を持っていて、そこがいいところだと思う」とコメント。フィルモグラフィーを振り返りつつ、「驚いたのは、『ウィンターボトム大好き!』って人はあまり聞かないのに、作品は日本でよく公開されている(笑)。それって“ウィンターボトム映画”として見てはいないけれど、作品そのものが面白いと思われているということ」と指摘した。
松江監督は「デジタルビデオを使ったり、テーマや手法を1本1本変えるところだったり、最初の頃の印象はラース・フォン・トリアーと近いなって思ったんですよ。でも違うのは、ウィンターボトムは絶対『ユリイカ』で特集されない人(笑)。社会的な問題を扱った映画を撮っても、ケン・ローチにはならないし、そういった自分の思想を押し出すために映画を作っていないところがいいと思う」と解説。
また、ドキュメンタリーとフィクションの狭間にあるような本作について「ウィンターボトム監督って、この事件についても、そのまま劇映画として撮れると思うんです。でも現実と虚構をぐちゃぐちゃにして、現実を入れたり仕掛けを入れるのは、多分ストーリーを伝えたいという以外のものがあるからなんですよね。あらすじとかストーリーを聞いて面白そうだなって映画だけじゃない。単に物語を語るだけではない、そういう映画作りには惹かれますね」と、ドキュメンタリー監督ならではの視点から語った。
主人公の映画監督役を『ラッシュ プライドと友情』(13)のダニエル・ブリュールが演じ、『アンダーワールド』シリーズのケイト・ベッキンセールが共演している本作。女子大生役で世界的トップモデルのカーラ・デルヴィーニュが女優として本格的に長編映画に挑戦していることでも話題の一本だ。【Movie Walker】