記憶に残る作品は『トトロ』と『火垂る』…ジブリ作品北米配信を目前に鈴木プロデューサーが語る
5月27日、ワーナー・メディアによる最新ストリーミングサービスのHBO maxが北米でサービスを開始する。すでに2か月以上にも及ぶ外出禁止令の中でストリーミングサービスの需要は高まり、後発ながら強力なラインナップを持つHBO Maxの登場によりアメリカのストリーミングサービスの勢力地図が塗り替えられるかもしれない。ワーナーグループを傘下に持つAT&Tが仕掛けるサービスだけあり、ワーナー映画やHBOのドラマなど、魅力的なコンテンツが揃う。そのなかでも出色なのは、スタジオジブリ作品の北米配信権を押さえていること。HBO Maxも充実したジブリ作品ライブラリーをセールスポイントにしており、サービス開始のタイミングでスタジオジブリの代表取締役でプロデューサーの鈴木敏夫氏のインタビューが行われている。
インタビューでは、スタジオジブリで現在制作中の2本の映画についても言及している。宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』は、1937年に発行された吉野源三郎の原作を元にした冒険活劇ファンタジー作品。全編手描きのアニメーションで制作しており、「ジブリ作品のユニークなところは、回想の雰囲気を持っているところでしょう。それをCGアニメでやろうとするとどうしても新しいものに見えてしまい、本来のあたたかさや回想する雰囲気を失ってしまう。手描きのアニメーションならばそれが表現できていると思います。実際、アニメーションの技術は、物語に込められたものとつながっているんです」と語っている。
「お客さんがいる限り、手描きだろうがデジタル・アニメーションだろうが、僕は永遠と続いていくものだと思います。また新しい手法が見つかるかもしれないし。多分、ライブ・アクション(実写作品)とアニメーションはもっと接近するでしょうね。そして新しい表現が始まるんじゃないかと思います」。
もう1作品の宮崎吾朗監督によるタイトル未発表の新作は、近日完成するめどが立っているそうだ。「吾朗くんの作品はもうすぐ完成します。もう1本の宮崎駿が作っている作品は、僕の予想であと3年はかかる。吾朗くんが作っている作品はまだ世間には発表していないんですが、1人の少女の物語で、“賢さ”が世界を救うというテーマで作っています。そして、お父さんの宮崎駿は、一人の少年の大冒険活劇ファンタジーです。誰も観たことがない手描きのアニメーションをやっています」。
また、宮崎駿監督や故高畑勲監督との長きに渡る制作活動の中での思い出を問われ、『となりのトトロ』(88)と『火垂るの墓』(88)の2本と答えている。
「ジブリのいろいろな作品のなかで、それぞれに思い出があるんですが、一番強烈な印象に残っているのは『となりのトトロ』と『火垂るの墓』です。この2本の作品は企画段階でいろいろな人に大反対されたんです。これの前が『風の谷のナウシカ』(84)と『天空の城ラピュタ』(86)でしょう?2本冒険活劇ものやると飽きちゃうんですよね。それで、違うものをやりたかったんです。それが『トトロ』であり『火垂る』だったんです」
スタジオジブリの歴史として有名なエピソードだが、『トトロ』を作るにあたり出資者からの反対を受け、高畑勲監督の『火垂るの墓』との2作品同時上映とした。だが、配給する映画会社から「“おばけ”と“お墓”では集客できない」と猛反発を受け、映画会社に乗り込み説得してくれたのが、当時の徳間書店社長でスタジオジブリ社長の故徳間康快氏だった。鈴木プロデューサーにとって、長い映画制作の歴史のなかでも最も印象に残っていると明かした。そして、「もし『ナウシカ』『ラピュタ』ときて冒険活劇ものを連続で作っていたら、ジブリは今日までもたなかったんじゃないかな。今わかることですが、『トトロ』と『火垂る』を作ることによって企画の幅が広がりました。それが今日ジブリがある最大の原因だと僕は思っています」と話している。
先日も鈴木プロデューサーのインタビュー記事を出した「Entertainment weekly」では、ジブリ作品が配信プラットフォームに参入することになった経緯を聞いている。鈴木プロデューサーは、「長いこと映画の仕事をしてきたので、映画は映画館で観るものと信じてきました。(DVDなどの)物理的なパッケージ以外の形状に進むことに非常に躊躇していました。その意識を変えたのは、ウディ・アレン監督が配信用に映画を撮ったことでした」と語っている。
アレンはアマゾン・スタジオとライオンズゲート共同で『カフェ・ソサエティ』(16)、アマゾン・スタジオと『女と男の観覧車』(17)、『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(19)、そしてドラマシリーズ「ウディ・アレンの6つの危ない物語」(16)を撮っている。アレンのインタビューで、「ストリーミングは、より多くの観客に映画を届ける」といった主旨の発言を読み、考え方が変わったのだという。
また、いままでスタジオジブリとつながりの深いディズニーや、北米、日本以外での配信権を持つNetflixではなくHBO Maxを配信プラットフォームとして選んだ理由は意外なところにあった。「(ファンの)クリント・イーストウッドの映画を観ると、“ワーナー・ブラザーズ”のロゴが出てくる。長いこと、ワーナーと仕事をしてみたいと思っていたんです」と鈴木プロデューサーは明かしている。
いまだにアメリカの多くの都市では外出制限がかけられ、学校も休校中だ。今週HBO Maxの北米サービスが開始されると、多くの家庭でスタジオジブリの名作が観られることだろう。
文/平井 伊都子