“名古屋闇サイト殺人事件”の深層に迫る…東海テレビが“取材対象にタブーなし”で切り込む社会の闇
“取材対象にタブーなし”をモットーに、様々な事件や社会の闇に切り込んできた東海テレビ。見る者の心を揺さぶるようなドキュメンタリーを世に送りだしてきた同社の最新作『おかえり ただいま』が公開中。過去に切り込んできた社会の闇とともに紹介していきたい。
名古屋闇サイト殺人事件に切り込む最新作『おかえり ただいま』
最新作『おかえり ただいま』は、2007年に起きた名古屋闇サイト殺人事件に迫っていくもの。この事件は2007年8月に、帰宅途中の女性が拉致、殺害され山中に遺棄されたというもので、犯人は携帯電話のサイト“闇の職業安定所”で知り合った3人の男たち。極刑を望む被害者の母だったが「1人の殺害は無期懲役が妥当」という判例が立ち塞がる。母は街頭に立ち、極刑を求めて約33万筆の署名を集め迎えた裁判の判決は、1人が死刑、2人に無期懲役。その後、無期の1人に別の強盗殺人の余罪が発覚し死刑が確定した。
東海テレビは、この事件発生直後から被害者の母を取材しており、ドキュメンタリー「罪と罰〜娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父〜」を2009年4月に放送。さらにその後も事件を追い続け、死刑執行後の犯人の父親の肉声も収録した。
そしてこの映画では、そういった取材だけでは表現できない、事件の前の母と娘の日々をドラマパートでよみがえらせ、同時に凄惨な事件を起こすに至った男の生い立ちも浮かび上がらせていく。「罪と罰~」ではこの事件を、別の事件で犯人を死刑にしないでと望む被害者の兄との対立構造として扱ったが、本作では死刑存廃問題を争点にはしておらず、被害者・加害者の人間としての姿にスポットを当てることで、この事件の凄惨さ、そして事件をつくり上げてしまった社会の闇の深さを見せていく。
名張毒ぶどう酒事件の死刑の謎に迫る『眠る村』
『おかえり ただいま』の監督を務めた齊藤潤一は、これまでに死刑制度に迫るような数々の作品を手掛けてきた。『眠る村』(18)は、1961年に三重県名張市葛尾で、懇親会のぶどう酒に混入された毒物による中毒で5人が死亡し、奥西勝が逮捕された名張毒ぶどう酒事件を題材にした作品だ。
一審無罪、二審で死刑、最高裁で上告も棄却され、1972年に死刑が確定したこの事件を調べ上げていくなかで、決定的な物証の不在、自白の信憑性、二転三転した関係者の供述など多くの謎に当たっていく。どうして頑なに再審を拒むのか?司法の信頼を揺るがすような闇に迫っていく。
なお、この名張毒ぶどう酒事件を東海テレビは長年にわたって追い続けており、『眠る村』以外にも、ドラマパートを交え50年以上にわたり再審請求を繰り返した奥西の孤独や恐怖を描きだしていく『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(13)や、2014年3月27日に48年ぶりに釈放された“袴田事件”の死刑囚・袴田巌と共に焦点を当て、司法制度の問題点を明らかにしていく『ふたりの死刑囚』(16)を制作している。
ヤクザに人権はないのか?憲法の問題点を叩きつける『ヤクザと憲法』
司法制度に切り込むという点では、『ヤクザと憲法』(15)も外せない一作だ。大阪の指定暴力団「二代目東組二代 目清勇会」に取材を行った本作は、銀行口座を作れずに子どもの給食費が引き落とせないという現実、そして身分を偽って講座を作れば詐欺で逮捕され、さらに弁護士はほとんどが“ヤクザお断り”という状況に頭を悩まされるヤクザたちの現実に迫っていく。
子どもが幼稚園に通えないなど、「暴力団排除条例」によって社会生活を普通に営むことに困難を覚えているヤクザたちとその家族たち。彼らに人権はないのか…?「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、 信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」という日本国憲法第14条に相反しているのではないかと、問題提起を重ねていく。
ついには自社にまでカメラを向けた!『さよならテレビ』
そして極めつけと言える対象に取材を行った作品が、『さよならテレビ』(19)だ。この作品で東海テレビが取材したのはなんと、東海テレビ自身なのだ。かつては資本主義社会で最も成功したビジネスモデルの一つだったテレビだが、いまではその勢いはなく、揶揄の対象とされるほど。テレビにいまなにが起こっているのか?それを明らかにするために自社の報道部にカメラを入れていく。
様々な波乱を呼び、現場に混乱や苛立ちをもたらしたこの企画。テレビの存在意義とはなんなのか?明確な答えのない問いに、被写体となる記者やキャスターから、撮影者たちまでもが翻弄されていく様子を映しだしていく。理想と現実の間でもがく様子など、テレビの赤裸々な姿が忖度なしに収められている。
今回紹介した以外にも、死刑囚を専門に弁護を行う『死刑弁護人』(12)や戸塚ヨットスクール事件を題材とした『平成ジレンマ』(10)など数々の社会の闇に切り込んできた東海テレビ。忖度のない姿勢で問題提起し続ける作品群は、一見の価値アリだ。
文/トライワークス