『アズカバンの囚人』がターニングポイントに?名匠アルフォンソ・キュアロンの大胆な手腕
J・K・ローリングのベストセラー小説を映画化した大ヒットファンタジーの第3弾『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(04)。『~賢者の石』(01)、『~秘密の部屋』(02)に続いて、本日の「金曜ロードSHOW!」で放送された。今回の記事では、本作の監督を経て2度の米アカデミー賞監督賞を受賞するなど大きく飛躍していった名匠、アルフォンソ・キュアロンにフォーカス。監督を務めるきっかけとなった盟友とのエピソード、製作に向けての大胆なアプローチなどを紹介したい。
本作は3年生になったハリー(ダニエル・ラドクリフ)たちの物語で、彼の両親の死にまつわる真相が明かされるなど、よりダークな世界観となっている。魔法界の刑務所アズカバンから、囚人のシリウス・ブラック(ゲイリー・オールドマン)が逃走。ヴォルデモートの配下にいたと言われる彼は、ハリーの命をねらっているらしい。ブラックを捕らえるため、アズカバンの看守で人の心から発せられる幸福や歓喜を吸い取ってしまうディメンター(吸魂鬼)がホグワーツに派遣されるが、過去に壮絶な経験をしてきたハリーはその影響をもろに受けてしまう。
盟友ギレルモ・デル・トロの一喝で監督を決意?
『リトル・プリンセス』(95)やヴェネチア国際映画祭脚本賞を受賞した『天国の口、終りの楽園。』(01)が高い評価を受け、当時、気鋭監督として注目を集めていたキュアロン。上記2本がティーンエイジャーの成長を描いた作品だったこともあり、その手腕を見込まれて『~アズカバンの囚人』の監督のオファーを受けるが、すぐには返答しなかったと言われている。というのも、原作小説を読んだこともなく、映画も未見だったため、よくある大衆映画の続編だと思い乗り気になれなかったそうだ。
迷ったキュアロンが相談した相手が、同じメキシコ出身の友人でもあり、のちに『パンズ・ラビリンス』(06)や『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)を撮ることになるギレルモ・デル・トロだった。日本の特撮やマンガ、アニメをはじめ、様々なポップ・カルチャーへの造詣が深いデル・トロだけに、キュアロンの煮えきらない態度には怒り爆発。「いますぐ本屋に行って、原作を買ってこい!読み終えたらすぐに俺に電話しろ」と、すごい剣幕で怒られたらしい。
早速、原作を買って読み始めたキュアロンは、「~アズカバンの囚人」を中盤まで読んだところで、すっかりその世界観に魅了されてしまう。これがきっかけでメガホンをとることを決意した彼は、「原作と過去作に敬意を払いながら、いかにして自分の作品に仕上げるのか。謙虚さを身につけ、監督としても多くを学ぶ経験になった」と、のちのインタビューで語っている。
シリーズの橋渡し的役割を務めたアルフォンソ・キュアロン
前2作で監督を務め、本作では製作に回ったクリス・コロンバスが映画『ハリー・ポッター』の世界を作り上げたとすると、キュアロンが担ったのは、後半になるにつれてシリアスさが増していくシリーズの橋渡し的役割で、本作以降の方向性を決定づけている。実は原作小説のページ数が増えているにもかかわらず、映画の上映時間は『~賢者の石』が152分、『~秘密の部屋』が161分なのに対し、本作は141分とかなり短くまとめられている。これについてキュアロンは、「よりコンパクトな作品にしたかった。本作のテーマを考えた時に、ハリーがアイデンティティを探す旅だと思ったんだ」と説明している。
そして、「テーマから離れたエピソードは削っていくことにした」という言葉通り、例えば、ロン(ルパート・グリント)とハーマイオニー(エマ・ワトソン)の対立や、クィディッチの尞対抗戦でのグリフィンドール優勝といったエピソードは省略され、キーアイテムの一つにあたる”忍びの地図”についても詳細が不足している感がある。セドリック・ディゴリー(ロバート・パティンソン)やチョウ・チャン(ケイティ・リューング)も原作通りなら本作で初登場するのだが、続編『~炎のゴブレット』(05)までおあずけになったため、少し不満に感じた原作ファンもいるかもしれない。
一方で、キュアロンによる大胆なアレンジは、前作よりもシャープで大人向けの作品になったと高評価を受けている。シリウス・ブラックをはじめ、両親とかかわりのあった登場人物が次々と現れ、謎めいた自身のアイデンティティに向き合っていくハリー。物語はそこから外れることがなく、観客もその過程を楽しむことができる。そのうえでも、ハリーが壊れたニンバス2000の代わりに、ファイアボルトを手に入れるエピソードをラストに持ってくる構成も英断だったと言える。
残念ながらキュアロンは本作で降板し、『~炎のゴブレット』をマイク・ニューウェル、『~不死鳥の騎士団』(07)以降の全作と『ファンタスティック・ビースト』2作はデヴィッド・イェーツに引き継がれた。しかし、6分間の長回しの戦闘シーンが話題になった『トゥモロー・ワールド』(06)やオスカー受賞作『ゼロ・グラビティ』(13)や『ROMA/ローマ』(18)をその後送りだすなど、いまや映画界になくてはならない監督の一人となった。これらの名作につながるターニングポイントという意味でも、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』は重要な作品になっている。
文/平尾嘉浩(トライワークス)
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