女優・芳根京子の表現力に驚嘆!話題作『ファーストラヴ』は、“涙の魔術師”にも注目
女子大生が父親を刺殺する衝撃的な導入から始まる島本理生の直木賞受賞作を、北川景子主演で堤幸彦監督が映画化した『ファーストラヴ』(2月11日公開)。真意のつかめない言動を繰り返す父親殺しの容疑者という難役を見事な怪演で魅せるのが、若手実力派女優として映画のみならずドラマやCMなどでも活躍中の、芳根京子だ。
芳根は、2013年に篠原涼子、三浦春馬が出演したテレビドラマ「ラスト・シンデレラ」で女優デビュー。2014年には東日本大震災の被害を乗り越える希望を見出そうと福島県の人々の力で作り上げた『物置のピアノ』で映画初出演にして初主演を飾る。翌2015年には、1000人以上ものオーディションを勝ち抜いてテレビドラマ「表参道高校合唱部!」の主人公に抜擢されるなど、着実にステップを駆け上がっていく。
さらに2016年には、連続テレビ小説「べっぴんさん」でヒロインの座を射止め、デビューからわずか3年で“国民的女優”の立ち位置へ。その後も『心が叫びたがってるんだ。』(17)、テレビドラマ「海月姫」などの話題作へ立て続けに出演。2018年に出演した『累 -かさね-』『散り椿』での演技が評価され、第42回日本アカデミー賞では新人俳優賞を受賞した。
そんな芳根が本作で演じたのは、アナウンサー志望の聡明な女子学生、聖山環菜。父親殺しの容疑者となり、「動機はそちらで見つけてください」などの不可解な供述で世間を騒がせる。
事件の取材を依頼された公認心理師の真壁由紀(北川)は、環菜の心の内を知るため彼女と面会を重ねる。由紀の義理の弟で事件を担当する弁護士の庵野迦葉(中村倫也)も協力しながら環菜の動機を探っていく。やがて環菜の過去が明らかになるにつれ、由紀もまた、いままで蓋をしていた自身の過去の記憶と向き合うことになる…。
環菜の姿を捉えた場面写真には、由紀の前で突然感情が高ぶる様子や、ガラス越しに迦葉を威圧するような瞬間など、不安定で一筋縄ではいかない面会室でのやりとりが映しだされる。さらに一転して、包丁を手に呆然とさまようショットからは、急にケラケラ笑いだしたかと思えば暗い表情で黙り込み、本心をまったく見せずに由紀らを翻弄する複雑な役どころを演じきった芳根の類まれな表現力をうかがい知ることができる。
物語の根幹を担う芳根は、「撮影を終えた時、正直すごくホッとしました。一つはっきり感じていたのは、このまま撮影が続いたら私はどうなってしまうのだろう?という不安です。それくらい環菜という役は私自身を侵食してしまうくらいの闇とパワーがあって、撮影中も自分が環菜に飲み込まれてしまうような感覚がありました」と、胸中を吐露する。
また、北川との撮影については、「特に由紀さんとの面会室のシーンは、いま思い出すだけでも涙が出てきそうになるほど苦しかったです。自分の心にたくさんの壁を作って話す環菜の気持ちをダイレクトに感じるのは、本当に辛かった」と告白。
「私はいつもドライ(=リハーサル)の時が、一番感情が高ぶって涙が出てしまうんです。面会室のシーンはドライがたった1回で終わってしまったので、ちょっと嫌な予感がして(笑)。監督に『私いまと同じようにはできないかもしれません』って言ったら、『やってください。カット割りも変えちゃいましたから』って。これは自分との戦いだと思って臨んだのですが、いざ由紀さんの前に立つと毎回同じタイミングで心が震えるんです。それは北川さんのおかげだし、1人だったら絶対できないお芝居でした。心が動かされる瞬間をたくさん体験できた不思議な時間でした」と、裏側を語った。
そんな芳根に対して堤監督は、「芳根さんのことは私は敬意を持って“涙の魔術師”と呼んでいました。理屈と感情表現と体の動きが一つのベクトルに入っている人なので、なにをやってもわざとらしくならないんです。包丁を持って歩いているだけで、ただごとではない虚脱感をかもしだすことができる。ある種の“化け物感”がある人だけど、彼女はまだ若いですから今後どんな女優さんになっていくのか本当に楽しみですね」と、称賛と期待を込めてメッセージを送る。
「あえてカット数で勝負しているところはある」と公言する監督だけに、膨大なカットを撮り切るための“カット割り”が毎回用意される堤組。
しかし、そんな監督をもってしても「これはカットを割れない」と、ほぼワンカットのいわゆる長回しでいくことを決断したのが、由紀と環菜の“最後の面会室”での対峙シーンだ。スタートの声がかかると、唾を飲み込むのもためらわれるほどの緊張感がスタジオを支配。カットがかかり一発OKが出た後、芳根と抱き合い「芳根ちゃんでよかった。芳根ちゃんじゃないとできなかった」と感謝の念を伝える北川の姿を見ながら、奇しくもこの日に誕生日を迎えた監督は「最高のプレゼントをもらいました」と、笑顔を見せたと話す。
近年、純粋で明るいキュートなキャラクターだけでなく、本作のように、複雑なバックボーンや心に闇を抱えた役柄までも巧みに演じ分けてきた芳根。センセーショナルな事件にたしかな説得力をもたらす彼女の熱のこもった演技を、ぜひ映画館のスクリーンで堪能してほしい。
文/サンクレイオ翼
※「ラスト・シンデレラ」の「・」はハートマークが正式表記