「庵野さん、卒業おめでとう」緒方恵美が振り返る、庵野秀明と碇シンジとの25年 - 3ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
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インタビュー 2021/3/23 21:00

「庵野さん、卒業おめでとう」緒方恵美が振り返る、庵野秀明と碇シンジとの25年

「“演技をしないこと”が役者の仕事。14歳の心でいろいろなことを体験できた」

【写真を見る】緒方恵美が語る“エヴァンゲリオン”との25年…「14歳の心でいろいろなことを体験できた」
【写真を見る】緒方恵美が語る“エヴァンゲリオン”との25年…「14歳の心でいろいろなことを体験できた」[c]カラー

25年にわたって、シンジを演じてきた。14歳の少年を演じ続けることは、緒方の人生においても特別な体験になったという。

緒方は「人間は生きていくなかで、『この言葉で人に嫌われた。じゃあ、これは封印しよう』『こういう感情はぶつけてはいけないんだ。封印しよう』と、ひとつずつ自分の体に鎧を身につけながら、大人になっていくものだと思います。14歳というのは、大人と同じ目線で社会を理解できるようになる年齢。つまりまだ鎧っていないのに、社会の仕組みやいろいろな人間関係が見えたりしてくるわけです。無防備だからこそ受けとめきれないものもあり、とても傷つきやすい」と14歳という年齢について言及。

「そもそも私は、“演技をしないこと”が役者の仕事だと思っていて。人は誰しもが、演技をしながら、鎧って生きているもの。本音を丸出しにして生きている人って、一人もいないですよね。その鎧を剥がして話せるかといえば、なかなかできるものではないと思います。でもまとっている鎧をいつでも剥がすことができるのが、プロの俳優。さらに我々声優は、年齢も性別も超越して、鎧を剥がすことが必要になるわけです」と俳優の仕事について語り、「私は、社会に起こる出来事の一つ一つを『建前や体裁をつくろうのではなく、もし鎧をすべて剥がしたとしたら、その時の自分は……14歳の時だったとしたら、どう思うのだろう?なんと言うのだろう?』と自問自答する作業をずっとやってきました。私は芝居がすごくうまい役者だとは思っていませんので、そういうことでしか役者として生きていく方法はない。それこそが自分が存在できる価値だと思っていました」と普段から鎧を剥がす訓練をしているのだという。「一番苦しんだのは、30代半ばくらい。いまはルーティンとして、14歳の状態に戻ることができるようになりました」。

講師として、声優を目指す人々の指導にあたることもある緒方だが「女性で少年役をやりたいという人って、本当にたくさんいるんです。でも本当に少年役をやれる人は少ない」とキッパリ。

「誤解を恐れずに言いますと、男子はいつまでも中学生のような、アホなところがあるものですよね(笑)。でも女性が少年役を演じると、女性の目線がどうしても入ってしまいがち。女の子は物心ついた時から“女性”で、その鎧を剥がすことが実は一番難しいから。私は……おそらく特異体質なんです。ずっと“厨二”を心に飼ってる(笑)。2010年以降、シンジ以外にも“厨二病”の役を演じることがとても多かったのは、自分のなかにもそういう部分があるからだと思います(笑)」と笑い、「シンジを通して、ものすごい体験をさせていただいたと思っています。それまでのロボットアニメの主人公ならば、『俺が地球を守る!』と立ち上がるわけですが、シンジは『怖い、怖い』『無理だ』と言う。でもそれって、当たり前のことですよね。『リアリティを持って、14歳を表現しろ』というのが私の仕事だったわけです。14歳の心でいろいろなことを体験できたのは、ハードではありましたが、とても幸せなことでした」とシンジとの出会いを喜ぶ。

「初めての反抗が、シンジとの出会いにつながった。たくさんの人に感謝しています」

そのように緒方が死力を注いだからこそ、シンジの痛み、孤独、恐怖が、観客のもとに届き、日本のアニメ史上においても“伝説”と言うべき、主人公が誕生した。しかし実は、テレビシリーズのオーディションの話が舞い込んできた時には、スケジュールの都合から、事務所側が一度、断りの連絡を入れているというから驚きだ。シンジとの縁について、緒方はこう語る。

「(映画『美少女戦士セーラームーンR』で地場衛の少年時代を演じていたため)『セーラームーン』の番組旅行に参加したら、そこに庵野さんも来てくださって『オーディションを受けてほしい』と声をかけてくださったんです。あの旅行に行っていなかったら、シンジ役をやっていないかもしれない。そうしたら本当に、大きな損失だったと思います」としみじみ。

「世の中すべて、手にした縁をどのようにつないでいくかということなんだと思います。事務所には事務所の考えがあって、一度お断りしている。でも監督から直接、『受けてほしい』と言われるなんて、ものすごく光栄でありがたいことですよね。当時の私はまだ新人でしたから、事務所の言うことに逆らってはいけないと思っていました。その時に初めて逆らって、『絶対に受けさせてください』とお願いしたんです。初めての反抗です(笑)。そうやって反抗しなかったらオーディションを受けられなかったわけですから、運と縁があったとしても、そこで前に進もうと選択したからこそ、シンジに出会えた。ここまで来られたのは、そういう選択ができるように、いろいろな方に導いていただいたからこそ。本当に感謝しています」と心を込めていた。

取材・文/成田 おり枝

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