『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一 初のオリジナル小説!第2回「40歳は人生の転機」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

コラム

『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一 初のオリジナル小説!第2回「40歳は人生の転機」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

翔んで埼玉』『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(ともに19)の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説として、「DVD&動画配信でーた WEB」特別連載がスタート!脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる。脚本家スクールで、一緒に通う生徒たちからボロカスにシナリオを酷評された吉野。しかし、思わぬかたちで仕事が舞い込んで…。

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【画像を見る】売れっ子との打ち合わせイラスト/浅妻健司

第2回「40歳は人生の転機 吉野編」

「え?僕に仕事を!?」

 思わず声が上ずった。

「はい。吉野さんに合ってるかなって思う案件があって」

「そんな……僕で良かったら是非やらせて下さい!」

「良かった。仕事の方は大丈夫ですか?」

「全然大丈夫です!仕事って言っても、深夜のファミレスのバイトですし、時間の調整はいくらでも出来ます!」
 
そうだ、そうなんだよ!いつかこうしてチャンスが巡って来た時のために、俺は40歳を機に、脱サラして長年夢だった脚本家になるべく時間の融通が効くバイト一本に絞ったんだ。俺は間違っていなかったんだ!

「じゃあ、早速明日13時にプロデューサーをご紹介しますので、企画内容とか詳細はまたその時に」

「はい!」

 ボルテージが一気に上がり、ハグしてお礼を言いたいほどだったが、俺は寸前のところでハグを思い留まった。こういう時に冷静になれない男は決して成功などしない。冷静に、冷静に。

「ヒャッホー!」

 帰り道。夜空に向かって思いっきり叫んだ。冷静になどなれるものか!脚本家として初めて声をかけて頂いたこんな記念すべき日に喜べない人間など感情が腐っている。そんな奴に人の心を揺さぶるような脚本が書けるわけがないのだ。今日ぐらい感情を露わに喜ぶべきじゃないか。それが人間というものだ。
 俺が脚本家への憧れを持ったのは、中学2年の時だった。トレンディドラマブームが到来し、大人も子供もみんなドラマを見て泣いたり、笑ったり、熱狂していた。その物語を紡ぐ絶対的な存在である、脚本家になる!中学の時にはすでにそう決意していた。最初に夢に向かって動いたのは大学2年の夏、20歳の時だった。テレビ局主催のシナリオコンクールに作品を応募した。しかし、一次審査も通過せずあえなく落選。その翌年、また応募したが、これまた一次審査も通過せず落選。そうこうしている間に、大学4年になった。このまま就職をせずにバイトをしながら夢を追いかけるという選択肢もあったが、将来脚本家として生きていくならば、社会を知った方が良いと思い、小さな派遣会社に入った。この会社を選んだのにも理由がある。将来脚本家になった時に、作品作りの幅が広がると思ったからだ。全ては脚本家になるための道だった。今回他の生徒たちを差し置いて、仕事の話をもらえたのも、今までの俺の人生経験が作品に滲み出ていたからこそだと思っている。
 小田急線の狛江駅から徒歩15分にあるアパートの一階。そこに俺は住んでいる。部屋に入り明かりをつけると荷物を置き時計に目をやる。時刻は22時を回っていた。深夜バイトの時間まであと2時間ある。俺はテーブル前に置かれた座椅子に腰をかけるとノートパソコンを取り出し、書き途中のシナリオコンクール用の作品に手をつける。大枠のストーリーはこうだ。


 
 “ファミレスのバイトで働く中年男が、必ず水曜日の深夜1時に店にやって来る20代の女に恋をする”。何故、その女が決まって毎週水曜日の深夜1時に店にやって来るのか、その謎を解き明かしながら、物語が進行して行く“ラブサスペンス”だ。しかし、肝心の何故女が店にやって来るのか!?のアイデアが思い浮かばず、かれこれ1ヶ月の間、そればかりを考えているせいで、まだ冒頭2ページしか進んでいない。ここさえ突破出来れば一気に書けることはわかっている。今はひたすらアイデアが降って来るのを待つ時間だ。座椅子を倒して横になると、ぼんやりとアイデアを考え始めた。

 23時58分。俺は慌ててバイト先のファミレスに駆け込むと急いで更衣室に向かい、制服に着替え、タイムカードを押した。危ない、何とかギリギリ間に合った……。アイデアを考えていたら、うっかり寝てしまっていたのだ。

「吉野さん。シャツ、出てます」

 そう声をかけてきたのは、この店の店長である竹田朋子だ。歳は50を過ぎている。俺が慌ててシャツをズボンの中にしまうと、竹田店長はウンザリとため息を吐いた。

「しっかりお願いしますよ。先週も店員の態度が悪いってクレーム来てるんですから」

「クレーム?」

「接客もせずに一人でブツブツ何か喋ってる店員がいるって」

「ああ、それはですね、今自分が書いてる作品の中で面白いセリフを思いついて――」

「黙って仕事して下さい」

 思わず舌打ちを打った。まあ、いい。俺はもうすぐ脚本家になるのだ。

 翌日の13時。俺は恵比寿駅前の喫茶店にいた。

「初めまして、滝口です」

 俺は思わず名刺を凝視した。あの滝口康平だ。若手プロデューサーとしてヒット作を量産しているヒットメーカー。まさか、この人と仕事が出来るとは……。

「宮間くんからあなたの話は聞きました。優秀な生徒がいるって」

「あ、いや、そんな恐縮です」

「今回企画しているドラマがありまして」

 そう言うと、滝口プロデューサーが鞄から企画書を取り出した。企画書の1ページ目に書かれた文字を見て思わず声をあげた。

「リアリティドラマ……?」

「ええ。実は今回新しい試みとして、ドラマの制作過程を動画配信して見せながら、最終的にオンエアまで漕ぎつけるという企画でして」

「はぁ……?」

「打ち合わせの様子はもちろん、吉野さんが執筆する様子も全て動画配信させて頂きたいんです」

「え……」

 そう言われてもすぐには企画内容が頭に入って来なかった。

(つづく)

■徳永友一 プロフィール
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズを手掛け、映画『翔んで埼玉』(19)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(2021年公開)が待機中。


【連載】脚本家・徳永友一初のオリジナル小説 「未成線~崖っぷち男たちの逆襲~」

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