作家・庵野秀明の正体とは?「さようなら全てのエヴァンゲリオン」が描いた“特異性”
「庵野って、万年青年。大人になり損ねた人」と語っていたのは、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーだ。「庵野は貪欲。単におもしろいものを作ろうとは思っていない。こういう時代、人はどうやって生きていったらいいんだろう。それが根底にある。だから作家なんです」という評価とともに幕を開ける後半では、庵野の故郷である山口県宇部市にある宇部新川駅のホームのベンチに座る庵野の姿とともに、庵野秀明というひとりの人間の60年間の歴史と、“エヴァ”の25年間の歴史がシンクロするようにして描かれていく。
幼少期の出来事や両親の話、大阪芸術大学時代に製作した『DAICON III Opening Animation』や『帰ってきたウルトラマン アットアロー1号発進命令』といった伝説の自主制作の映像から、原画スタッフとして参加した宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』(84)の巨神兵の爆発シーンも登場。
「宇宙人が来たと思いましたよ」と庵野との印象的な出会いを振り返る宮崎は「資料に核爆発ばかりを集めたビデオを持ってきてずっと見ていて、あいつ頭おかしい」と語る。そして「一緒に仕事をやらないことが大事。ケンカになるに決まっているのだから」と、庵野という人物の特異性を裏付けていく。
1995年、阪神大震災や地下鉄サリン事件といった当時の出来事のアーカイブ映像の後に映しだされるテレビアニメ版「新世紀エヴァンゲリオン」のスタートとともに、一気にドキュメンタリーとしての密度は高まりを見せる。
最終回放送後に批判の矢面に立たされたことや、新しい作品を作ろうとしても「新世紀エヴァンゲリオン」の二番煎じになってしまうのではないかという葛藤。そして「新劇場版」シリーズに着手した動機と、第3作『:Q』(12)制作後にまたしても訪れる苦悩。“生みの苦しみ”という言葉だけでは語り尽くせない時期について「“作れない”はあったけれど“作りたくない”にはならなかった」と振り返る庵野の、その意欲にはただただ敬服せずにはいられない。
いよいよ作品の輪郭が見えてきた2020年、アフレコの現場で碇シンジ役の緒方恵美に対し「さびしいけど卒業」だと語る庵野。「さようなら全てのエヴァンゲリオン」というセリフの言い回し一つに、緒方自身の25年間の思いを出し尽くさせる様子は、貪欲な“作品至上主義”と同時に、“作品に関わってきたすべての人々至上主義”であるのだろうと感じ取れる。
その後待ち受ける新型コロナによる制作への打撃と、それを乗り越えて迎えた完成の試写を観ずに「次の仕事をしないと」と穏やかな表情を見せる庵野。
誰もが知る「残酷な天使のテーゼ」が流れるエンディングは、このドキュメンタリー作品のフィナーレであると同時に“エヴァ”の本当のフィナーレなのかもしれない。
改めてテレビアニメ版の最初から『シン・エヴァンゲリオン劇場版』まで、この“エヴァ”という旅路をたどりなおしてみたい衝動に駆られるドキュメンタリーだった。
文/久保田 和馬