『マイ・ダディ』金井純一監督が明かす、ムロツヨシの魅力「演者と作り手、両方の視点を持っている方」
「奈緒さんと毎熊さんには、脚本以上に魅力的に演じてもらえました」(金井)
また、特筆すべきは、ムロと堂々わたりあった娘ひかり役の中田乃愛だ。同役をオーディションで射止めた中田について、金井監督は「彼女はオーディションで選びました。まだなにも染まってない子を選ぶということは、なかなか勇気のいることでしたが、今回は中田さんに懸けようと決めました。ムロさんも最終オーディションで、中田さんと演じた時、とても響くものがあったと仰っていました」とキャスティング理由を述べた。
「ただ中田さんは決して器用な人ではないし、泣く芝居のリハでもなかなか泣けなくて。でも、きっと現場に行けば、本番でなんとかなるだろうと思っていたんです。最初の泣くシーンは自分が白血病だと、お父さんから告知されるシーンでしたが、『用意スタート!』って言ったら、彼女がボロボロ泣きだして。ムロさんは自分が泣くシーンじゃないから、必死に涙をこらえていたんです。ムロさんも『彼女が生まれ変わるシーンだった』とおっしゃられていました」。
金井監督は「そのシーンで、この子はできる!」と安心したが「そのあとのシーンでは、感情が入っていても泣けないシーンはありました」と述懐。「でも、いろいろと工夫して演出しつつ、ムロさんにもおつきあいいただき、彼女から最大の演技を引き出そうとやっていきました。特に、最後のほうで一番撮りたかったシーンは、日が暮れるまで、何度も何度もやりましたが、結果的にすごくいいシーンになりました」と手応えを明かした。
また、江津子役の奈緒や、ストリートミュージシャンのヒロ役を演じた毎熊克哉について金井監督は「脚本で想像した2人よりも、より魅力的に演じてもらえたと思います」とその演技を称えた。「奈緒さんは、泣くシーンじゃなくても、自然に涙が出たりする演技がとても良かったです。また、毎熊さんは歌がめちゃくちゃ上手くてピアノも弾けるんです。4月の練習段階ではギリギリだったけど、撮影が延期したので完璧に弾いてくださったから、実際に毎熊さんの音を使ってます」。
村上も「ライブで演奏する時、プロのピアニストに弾いてもらった音源もあったけど、毎熊さんご本人の演奏のほうが味があるということで、そちらを使わせていただきましたが、すごく良かったです」と満足気に語る。
金井監督は「ちなみに歌の歌詞は僕が書きました。でも、ヒロになった気持ちで書こうと思ったら難しくて。ヒロって歌は上手いし、才能がないわけじゃないけど、なかなか売れない感じということで、歌を考えるのにものすごく時間がかかりました」と苦笑する。
「『ちくわカレー』のシーンは、めちゃくちゃ悩みました(笑)」(金井)
毎熊のシーンといえば、一男とヒロが、ある理由で取っ組み合いの喧嘩をするシーンがとても印象に残っているという金井監督。「アクション担当の方についてもらって、最初に流れをやることになり『用意スタート!』となったら、けっこう本気のアクションになりました。毎熊さんは(小道具の)買い物袋を持っていたんですが、袋から醤油が転げ出て、何度やっても毎熊さんはそれを拾おうとするんです。毎熊さんに『なぜ醤油を拾うんですか?』と聞いたら『いや、大事なものですから』と言われて。僕の推理ですが、たぶん家庭用の醤油を奥さんに買ってこいと言われたのかなと」と言って、会場の笑いを誘った。
劇中では「ちくわカレー」が絶妙な小道具として登場し、涙を誘うシーンがある。そのカレーについて、金井監督は「もともとは “ジューシー、オイシイ!スパイシー”というスパイシーチキンカレーでしたが、もっとわかりやすいものがいいということで、村上さんから『ちくわカレーってどう?』と言われたんです」と言うと、村上も「最初はうどんのトッピングみたいなイメージでしたよね」とうなずく。実際に使われたのは、カットされたちくわを煮込んだものだ。
金井監督は「演出部から『本当にいいんですか?ちくわをのっけただけで?もっとオリジナリティを出したほうがいいですよ』と言われまして。1本まるごとで笑いをとるかと迷ったのですが、僕はいまのにしてよかったと思っています。どうでしたか?」と観客に尋ね、多数決をとることに。
その結果、実際に使われたものが圧倒的に支持されたので、金井監督は「あそこはめちゃくちゃ悩みましたが、あれにして良かったです!」と安堵した。金井監督も村上プロデューサーも、実際に観た観客との交流を楽しみつつ、大盛況のままイベントは幕を閉じた。
取材・文/山崎 伸子