人間のダメな部分もリアルに描写…吉田恵輔が作り上げてきたユニークなキャラクターたち
誰も責めることができないような交通事故をきっかけに、その家族や関係者たちの人生が狂っていく様を重々しく綴った『空白』(公開中)。“赦しとはなにか”という深淵な題材を扱う本作のメガホンをとったのが、吉田恵輔監督だ。
ヒューマンドラマからコメディ、バイオレンスまで作品ごとのテイストは異なりながらも、一貫して観客の心をざわつかせる作品を世に送りだしてきた吉田監督。心をえぐる映画を生みだす大きな要因となっているのが、丁寧かつリアルな人物描写だろう。
身近な存在をモデルにしたどこか憎めないキャラクターたち
強烈でありながらも繊細な感情を持ち合わせた人物や、一見普通に見えながらも心の奥底に暗い感情や欠点を抱えたキャラクターなど、表面的ではなく深みを持った“人”として描いてきた吉田監督。そんな人々が織りなす、白黒では判断できないような煮えきらない関係や感情を、スクリーンを通して浮かび上がらせてきた。
例えば、倦怠期カップルの間に、彼女の中学生の妹が入り込んできたことをきっかけに生じた三角関係を描いた吉田監督の出世作『さんかく』(10)。監督自身の経験も盛り込まれているというこの作品では、まともに思えるようで彼氏に依存しており、ストーカー化してしまう彼女の佳代(田畑智子)をはじめ、中学生のちょっかいにコロッと心を奪われてしまう単純な男の百瀬(高岡蒼甫)、ひとときの気まぐれから無自覚に周囲をめちゃくちゃにしてしまう妹の桃(小野恵令奈)など、ちょっとした欠点を持った、どこにでもいそうな人たちを愛らしく活写してみせた。
シナリオスクールに通う脚本家志望の男女の不器用な生き様が映しだされた『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)も、監督の経験がベースにある作品。主人公のみち代(麻生久美子)は監督自身がモデルで、何度賞レースで落選しても脚本を書き続けるうちに夢と現実に折り合いをつけられなくなったキャラクター。もう一人の主人公の天童(安田章大)は、他人の作品に毒づくなど口だけは一丁前の人物で、共同脚本の仁志原了がモデルになっている。がむしゃらに頑張りながらも一向に報われない女と、自分の才能のなさに気づいていながらもふてぶてしく振る舞う男。対照的だがともに夢を追う苦しさを体現する人物として等身大に描かれており、それゆえに誰しもの心をえぐるような1作に仕上がっていた。
今年公開された『BLUE/ブルー』(21)もそんな一作だ。成功が約束されるかわからない世界でもがき続ける人々の姿を、憧れや嫉妬、友情や恋などを交えて描いたヒューマンドラマで、過去の作品同様に吉田監督の身近な人がモデルになっている。
病気を隠しながらリングに立ち続ける日本チャンピオン目前の男、女の子にボクシングをやっていると言うためだけにジムに入ってきたポーザー、プロにすらなれず散っていく男など、様々な事情を抱えるボクサーたちを通し、ボクシングの美しさや残酷さを突きつけていく本作。なかでも目を引くのが、松山ケンイチが演じる主人公の瓜田。昼はダイエット目的の人たちの指導、夜は練習と、誰よりも長い時間ジムにおり、ボクシングを愛しているものの才能がなく負け続けているキャラクターだ。
自分の試合よりも後輩の試合のアドバイスを優先し、負けても悔しさを見せずに飄々としていることから、周囲にお人好しと舐められている瓜田。だがその一方で、圧倒的な才能を持つ小川(東出昌大)に対し「お前が負ければいいとずっと願ってた」と言葉をかけるなど、ただの良い人ではなく、複雑で矛盾した感情を持つ人間味のある男でもある。実は誰よりも勝利を望み悪あがきをし続ける、そんな男の切実な姿にはグッとくるものがあった。