人間のダメな部分もリアルに描写…吉田恵輔が作り上げてきたユニークなキャラクターたち
悪役であろうと記号的にならないキャラクター像
どんなキャラクターであっても、画一的な描き方をしない吉田監督。古谷実の人気コミックを映画化した『ヒメアノ〜ル』(16)も、原作の設定を変えてまで悪役にバックグラウンドを持たせるなど、緻密な演出が光る作品だ。
本作は、清掃の仕事をしながら変わり映えのない日々を送る岡田(濱田岳)とカフェ店員のユカ(佐津川愛美)との恋愛模様がコミカルに綴られる一方で、同時期に再会した高校時代の同級生、森田(森田剛)がユカをストーキングしていることが判明し…と、人生の明暗を、映画の前半と後半でテイストをグッと変えて表現した意欲作だ。
ユカをつけねらう森田は、高校時代の同級生から金を無心した挙句、反抗されれば始末し、住むところがなくなれば、知らない人を殺してその家に住み着いたりと容赦も躊躇もないサイコな男。平気で虚言を吐きまくる姿は、「こういう人いる」と思わせるような妙な説得力に満ちていて戦慄を覚える。
漫画にあるモノローグを排除し、犯罪を繰り返す現在の森田をとことん突き放し、同情の余地がない人物として描く一方、原作では生来の悪として描かれている森田を、学生時代にイジめられたことを機に狂ってしまった人物に変更。生まれながらに殺人鬼みたいな人はいないと信じたいという思いがある一方、誰もがそうなり得るとの思いから改変したそうで、結果として、ただの記号的な殺人鬼ではなく、底の知れない闇を抱えた目の離せない存在となった。
最新作『空白』に登場する人間味のある人物たち
最新作『空白』もまた、吉田監督のキャラクターの描き方によって人生の光と闇を浮き彫りにし、観客の心をざわつかせるような作品だ。
スーパーで万引きの現場を見られた女子中学生が追いかけてくる店長から逃げていたところ、交通事故に遭い帰らぬ人となってしまうという衝撃的な展開で幕を開ける本作は、娘の無実を疑わず暴走していく父、事故の原因として世間から吊し上げられるスーパーの店長など、事件によって人生が一気に狂っていく様子が重厚に映しだされていく。
なかでも強烈なインパクトを放っているのが、古田新太演じる父親の添田だ。娘に理解を一切示さない父親であったかと思えば、娘を失うと事件の発端となった店長の青柳(松坂桃李)に罵声を浴びせ続けるモンスターと化していく。その一方で、知らなかった娘の一面を事件を追うことで徐々に知るようになり、自分がどれだけダメな父親であったかを突きつけられ、心変わりをしていくという繊細な一面も持ち合わせた男として、絶望の先に訪れる希望を体現するようなキャラクターとなっている。
そんな添田と渡り合う青柳も、一見、スーパーで勤勉に働く穏やかな青年で同情を誘うような人物だが、実は後ろめたい過去を抱えていたり、事故後に憔悴して周囲にあたり散らしたりと、随所に闇を爆発させるような一面もあり、やはり人間味のある人物として物語に深みを与えている。
さらにスーパーで働き、弱った青柳を支えようとする草加部(寺島しのぶ)もまた、ボランティア活動をする一方で、周囲に自分の正義の価値観を押し付けて困らせるところがある二面的なキャラクターだ。このように一筋縄ではいかない人間の有り様こそが現実であり、それゆえの理不尽や人生の苦しみなどを突きつけてくる作品となっている。
人の弱さや欠点、辛辣だがリアルな一面にスポットを当てながらも、決してジャッジはせず、寄り添うような視点でキャラクターを描いてみせる吉田監督。10月30日(土)から開催される第34回東京国際映画祭では「吉田恵輔監督特集」が企画されており、『空白』のほか『ヒメアノ〜ル』や『BLUE/ブルー』も上映されるので、吉田監督の真髄にぜひ触れてみてほしい。
文/サンクレイオ翼
※吉田恵輔の「吉」は“つちよし”が正式表記