“皮膚を売った男”は実在した!映画化のきっかけとなった、型破りな芸術家の正体やシリアの内実を知る
“難民とアート”から考える“自由”…シリア内線から今年で10年、シリアの内実を知る
本作の重要なキーワードが“難民”。シリアの首都ラッカで暮らすサムは、列車の中で口にした、恋人へのプロポーズによって 、国家への反逆罪に問われてしまう。シリアでの反逆罪は、殺人やスパイ行為と並んで死刑にもなりうる重罪。サムは親類や家族の協力で警察署から脱走し、隣国レバノンで難民として暮らし始める。ちなみに、サムが口にしたNGワードは“自由”と“革命”。恋人のアビールが裕福な家の生まれのため、貧しいサムにとって彼女との結婚は多くの制約からの自由、つまり革命に等しいことなのだ。
シリアで自由や革命が御法度な理由が、この国で長らく続いている内戦。いまから10年前の2011年、長期にわたる独裁政権が続いていたチュニジアで「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が始まった。この運動は瞬く間に独裁国家が多くを占める中東や北アフリカに拡散し、シリアでも自由を求める反政府デモが起こっていく。激化するデモ隊に対しアサド大統領が軍を出動させたことで、シリアでは政府と反政府武装勢の内戦が勃発。自由や革命を求める民衆は、国家にとっては敵になってしまったのだ。
サムが拘束された警察署の壁にかけられていた、大きな肖像の人物がアサド大統領。絵画や彫刻など多くの芸術品が画面に登場する本作で、唯一アートの匂いのしない肖像だった。
ルーヴル美術館で「TIM」を目にした時、ハニア監督は背中しか見えない男の素顔や経歴に興味を引かれたそうだ。そこからスタートした本作に難民問題を絡めたのは、統計や数字上でしか語られない“顔のない”難民たちに焦点を当てたいという想いから。民主化運動発祥の地であるチュニジア出身者ならではの着眼点と言える。また、表現の自由や挑発する自由など、“自由”のあるエリート主義的アートの世界と、証明書一つ手にすることが難しい難民を対比することで、自由とはなにかを考えてほしいという想いもあったという。
祖国に戻れば命の危険にさらされ、外の世界では好奇の対象として扱われるサム。彼を通して本作が訴えかけるのは、誤ったシステムのなかに組み込まれてしまうことの不条理さ。形こそ違え、誰の心にも突き刺さる普遍的なメッセージをスクリーンで受け止めてほしい。
文/神武団四郎