アルコ&ピース平子祐希、初の小説連載!「ピンキー☆キャッチ」第2回 ~アイドルとお金~
MOVIE WALKER PRESSの公式YouTubeチャンネルで映画番組「酒と平和と映画談義」に出演中のお笑いコンビ「アルコ&ピース」。そのネタ担当平子祐希が今回、MOVIE WALKER PRESSにて自身初の小説連載「ピンキー☆キャッチ」をスタートした。第2回。
ピンキー☆キャッチ 第2回
「鈴香です」
「七海です」
「理乃です」
「私達三人合わせて『ピンキー☆キャッチ』です!」
十七歳の私達、実は誰も知らない、知られちゃいけないヒミツがあるの。それはね、、表向きは歌って踊れるアイドルグループ。でも悪い奴らが現れたら、正義を守るアイドル戦隊『スター☆ピンキー』に大変身! この星を征服しようと現れる、悪い宇宙人をみ〜んなやっつけちゃうんだから! マネージャーの都築さんは私達の頼れる長官! 今日も地球の平和を守る為、ピンキー☆クラッシュ!
都築は悩んでいた。
メンバーの芸能活動のギャラが、防衛省が彼女達に支払う討伐手当の額を超え始めたのだ。一度の怪人討伐で彼女達に支払われる手当が一人十八万円。機密事項として支払える金額の上限がこれくらいなのだそうだ。総務畑を歩いてきた自分は経理の事はよく分からないが、帳簿上に問題が出ないギリギリのラインだという。無論危険を伴う戦いであり、これが高いか安いかの判断は難しい。しかし怪人は月平均で四回程出現する為、十七歳の彼女達にとってはかなり高額になる。今は都築がそれぞれの口座を作り、無駄遣いをしないよう管理している。もちろんメンバーからはブーイングが出たが仕方が無い。無作為に支払っていた当初、年齢にそぐわぬ買い物が多発したからだ。
まずおしゃまな理乃がブランド物のバッグを買った。黒いレザーのショルダーで、蛍光イエローの文字でブランド名がビシャっと斜めに書き殴られていた。バレンシアガという物らしいが、壁の落書きのようなフォントで自分には読めなかった。都築にはその手のものに明るくはないのだが、メンバーが楽屋でキャッキャ話しているのを耳にし、その値段を知った。
「二十五万!? このバッグが? 理乃、どうしてそんな…」
「何がよ。自分で稼いだお金で買ったんやし別にええやん」
「それにしたってお前……」
都築は八千円で買った合皮のトートを10年近く使い続けている。感覚の違いだと一言で済ませるには、あまりにも大きな差だった。理乃に触発されたのか、続いて鈴香がトゲだらけの財布を買った。ルブタンとかいうブランドだという。あまりのトゲ具合に、初めは自作の武器かと思った。遠目に見ると思春期の青少年の心を模した造形品にも見える。それくらいトゲだった。それらは小柄な理乃にも幼顔の鈴香にも、決して似合う代物ではなかった。実直な七海は大人しく貯金をしているというので感心すると、銀縁メガネをクイと上げ「いずれ株にぶち込む」と言い出した。投資を覚える事は悪い事だとは思わないが「ぶち込む」との粗悪な相場師の様な言い方に背筋が凍り、少しだけ注意をしたものだ。そこへきてさらに芸能の給料が増え始めたとなると、都築の管理方法も難しくなる。
番組の出演料は制作側と演者との立場次第で大きく上下する。こちらが『是非出演させて下さい』と頼み込む立場であればギャラは二束三文でも文句は言えない。また反対に『是非うちの番組に』と頼まれる立場になれば、提示されるギャラは格段に上がるのだ。今ピンキーに支払われるギャラは、地下アイドル時代に比べ数十倍に跳ね上がっている。通常の芸能事務所であれば、ギャランティーは事務所側にマネージメント料を引かれた上で本人に渡る。そのパーセンテージは各会社により違いはあるが、平均で6割程度がタレントの取り分であることが多い。しかし(有)Tカンパニーは都築を社長兼マネージャーとしたダミーの芸能事務所である。母体は防衛省であり、もちろんギャラを差し引く必要はない。今後入ってくる楽曲の売り上げも加えるとかなりの金額になるだろう。作詞作曲を手掛けた都築達は公務員であるため、副業は認められておらず、印税は受け取れない。そうした流れでメンバーに一気に金が入る事になるが、またどんな使い方をするかわかったもんじゃない。これは早いうちに話をつけておいた方がいい。
バラエティ番組を撮り終え、寮まで送る途中、環八沿いのスターバックスに立ち寄った。ここは駐車場があるしテーブル同士の距離も離れている。金の話をするにはうってつけだ。
「芸能の方のギャラなんだけどな、今までの一万二万って額じゃなくなってきた。みんなの年齢を考えるとポンと渡すにはちょっと大きすぎる金額だ。それでな、討伐手当を俺が管理するのは変わらないとして、ギャラの方はみんなの親御さんに預かってもらおうと思うんだが」
意外にも反論の口火を切ったのは七海だった。
「え?討伐のギャラは都築さんが管理して、芸能のギャラは親にいっちゃうなら私達には何も残りませんよね?」
怪人討伐の手当ての方も“ギャラ”と言い出した事は引っ掛かったが、とりあえず今は流した。これは腰を据えて話すことになりそうだ。
「俺の管理にせよ親御さんの管理にせよ、きちんと積み立てておくわけだから。変に無駄遣いするよりも貯蓄しておいた方がいいと思う」
「モチベーションは?学校行ってアイドルやって討伐もして、そんで何の報酬も無かったら何をモチベーションに頑張ったらええの?」
理乃が遮り、鈴香が続ける。
「ねえ都築さん。私達さ、芸能も討伐も望んで始めたわけじゃないよね? 知らない間に勝手に体質のデータ取られて、スーツのおじさん達に“地球の為に”って頭下げられて、両親にもアイドルになりたいって嘘つかされて。その上報酬は渡せませんなんていうのは、大人の都合で丸め込み過ぎじゃない?」
確かにもっともな言い分だ。
「̶̶分かった。じゃあ……月にそれぞれ二万円渡そう。残りは口座に入れて預かる、それならいいよな?」
寮住まいの彼女達は衣食住に困ることは無く、渡す二万円は全て小遣いとして使える。かなり譲歩したつもりだったが、三人は顔を見合わせ、内臓がこぼれるほどに深いため息を吐いた。
「メ・イ・ク・代・だ・け・で・消・え・る・わ」
不機嫌な時の理乃独特の言い回しだ。地元の三重のイントネーションで、嫌な区切り方で喋る。
「あのな都築さん、テレビ局行けばメイクはしてもらえる。でもプライベートは?アイドルとして嫌でも人目につく。服装だって髪型だって手を抜けへん。贅沢したいんとちゃう。必要経費として認めてくれないと話にならへんのよ」
「でも…でもほら、あんな何十万もするカバンやら財布やら、十七歳が持つ必要はないだろう」
口を開きかけた二人を七海が手で制した。
「都築さん、今のアイドルはインフルエンサーである側面が必要なんです。SNSだって、同世代よりも少しだけ背伸びしたファッションや考え方を提示していかなきゃ。大人びた姿と等身大の姿、その使い分けができないと通用しないんです」
こうなった時の女子は強い。それに何より圧倒的正論にぐうの音も出なかった。都築自身、“預かっておく”との名目で毎年没収されていたお年玉の行方を母親に問い質すと「もうあんたの学費に使ったよ」と告げられた経験がある。あまりの悔しさに勉強机に小さく『死』と彫った十七歳の冬を思い出した。
「分かった…。確かにうなずける部分もある。じゃあ芸能活動のギャラは親御さんに管理してもらうとして、討伐の手当はみんなに渡す事にする」
怪人討伐に関しては各々の家族にも秘密であり、どちらかを渡すとなればこの方がいい。三人はテーブルの下で小さなガッツポーズを作り、なんちゃらフラペチーノを祝杯がわりに傾けた。
「その代わり目に余るような無駄遣いは控えること。年相応の買い物をしてくれよ」
釘を刺していると突然携帯が鳴り、本部から怪人出現の報せが入った。現場は笹塚だという。慌ててメンバーに出動を促し、車に急いだ。空耳だろうか、後ろで彼女達が「ヒャッホウ」と言った様な気がした。
(つづく)
1978年生まれ、福島県出身。お笑いコンビ「アルコ&ピース」のネタ担当。相方は酒井健太。漫才とコントを偏りなく制作する実力派。TVのバラエティからラジオ、俳優、執筆業などマルチに活躍。MOVIE WALKER PRESS公式YouTubeチャンネルでは映画番組「酒と平和と映画談義」も連載中。著書に「今夜も嫁を口説こうか」(扶桑社刊)がある。