オスカー受賞の名作曲家、ハワード・ショア…意欲作『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』に流れる渾身の音楽が魂を揺さぶる

コラム

オスカー受賞の名作曲家、ハワード・ショア…意欲作『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』に流れる渾身の音楽が魂を揺さぶる

強制収容所で命を落とした人々の生きた証を残す「名前たちの歌」

そんなショアが、『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』では、どんな役割を担ったのか?スコアは基本的にオーケストラ形式で、主人公がヴァイオリン奏者ということもあり、弦楽が強調されている。しかし、なにより印象に残るのは、中盤にシナゴーグ(ユダヤ教の教会)で歌われる「名前たちの歌」だ。73万人以上のユダヤ人が命を落としたといわれるナチスのトレブリンカ強制収容所では、収容所のユダヤ教徒たちが亡くなった者の名を記録するため、歌にその名を乗せ、語り継いだという。

劇中では司祭が祈りとともに故人の名を詠唱するが、この「名前たちの歌」を作曲したのもショアだ。当時シナゴーグで実際に歌われていた曲を集め、それを参考にしながらショアは、この曲を作っていった。この楽曲は、映画の最も緊張する場面でフィーチャーされ、深い感動を呼び起こす。


マーティンの家で暮らし始めたドヴィドルは、彼と兄弟のような絆で結ばれていく
マーティンの家で暮らし始めたドヴィドルは、彼と兄弟のような絆で結ばれていく[c] 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft

ハワード・ショアが『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』に込めた美しくも激しい音楽

クライマックスのコンサートの場面で演奏される曲は、その発展形だ。このシーンを作るうえで、ショアは脚本にも意見を寄せた。彼のアイデアは、公演でのドヴィドルのヴァイオリンの演奏に、トレブリンカでの演奏、劇中でドヴィドルのライバルとなる若きヴァイオリン奏者の演奏、さらにシナゴーグでの司祭での詠唱を重ね合わせるというもの。そしてショアは、このコンサートでの曲を、演奏するには技巧が要る曲として作り上げ、ドヴィドルの“天才ヴァイオリニスト”ぶりを強調してみせた。実際に、これを演奏しているのは台湾出身の世界的なヴァイオリン奏者、レイ・チェン。「レイは全身全霊で打ち込み、時代を超える音楽を生みだしてくれた」と、ショアは語る。音楽が感情を揺り動かす、このクライマックスも本作の名場面だ。

幼いころからシナゴーグに通っていたというショアが、ホロコーストを題材にした作品に心を動かされないはずがない。結果、彼は魂を揺さぶるような、美しくも激しい音楽を作り上げた。『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』は、ある意味、音楽が主役ともいえる。映画を力作にしたショアの手腕に注目しながら、感動を味わってほしい。

文/有馬楽

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