エドガー・ライトがこだわり尽くした『ラストナイト・イン・ソーホー』、スウィンギング・ロンドンの光と闇をひも解く

コラム

エドガー・ライトがこだわり尽くした『ラストナイト・イン・ソーホー』、スウィンギング・ロンドンの光と闇をひも解く

巨匠の傑作や、60年代の英国製ホラーからの引用も

やさしく魅力的なジャックを信じてしまうサンディだが…
やさしく魅力的なジャックを信じてしまうサンディだが…[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

ソーホーはいまも昔も都会のまばゆさを象徴する繁華街であり、文化人が集う街、同時に欲望を吸い込む歓楽街でもある。日本で言えば、論客が議論をかわすゴールデン街の一方で、風俗街も備える新宿・歌舞伎町といったところ。すなわち、混沌と猥雑の街だ。

ラストナイト・イン・ソーホー』は、そんな憧れの追求を描いた青春ドラマのように始まる。しかし案の定、ネオンが当たらない暗闇には罠が潜んでいた。そこからはスリラーの要素をどんどん深め、サイコやオカルト、スラッシャーなどの要素を含みながら戦慄の展開へと突進していくのだ。

ライト監督は、本作の発想の基になった作品の一つとして、ロマン・ポランスキー監督の1965年の傑作『反撥』を挙げているが、男性からの視線を恐怖として描くストーリーは、確かに本作とリンクする。当時の英国製ホラーでは、ほかにも『血を吸うカメラ』(60)から引用したシーンがあったり、『赤い影』(73)に似た色使いがなされていたりと、随所に監督のオタク的なこだわりを感じることができる。

60年代の英国製ホラーから引用した、ショッキングなシーンも大きな魅力だ
60年代の英国製ホラーから引用した、ショッキングなシーンも大きな魅力だ[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

数多くの映画で描かれてきた、華やかなりし60年代のロンドン

そんなこだわりは、60年代ロンドンの密な描写にも見て取れる。『007/サンダーボール作戦』(65)が上映されている大きな映画館。若い男性のシックなスーツ、そして女性たちのミニのワンピース。スウィンギング・ロンドンの時代はこれまでにも多くの映画の題材となり、観客を魅了してきた。ちなみに残念ながら本作が遺作となってしまったダイアナ・リグも『女王陛下の007』(69)でボンドガールを演じていたり、劇中でサンディが注文するお酒がヴェスパーであったりと随所に「007」についての引用がある。


エロイーズにアパートメントの屋根裏部屋を貸すことにするミス・コリンズを演じるダイアナ・リグ
エロイーズにアパートメントの屋根裏部屋を貸すことにするミス・コリンズを演じるダイアナ・リグ[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

ドキュメンタリーでもっとも有名なのは、1967年のロンドンのユース・カルチャーをとらえた『トゥナイト・レッツ・オール・メイク・ラブ・イン・ロンドン』(67)。フィクションの世界でも、それは度々題材になっており、大ヒットしたコメディ「オースティン・パワーズ」シリーズでスウィンギング・ロンドン華やかなりし時代が再現されていたのは、多くの映画ファンが知るところだろう。

サンディのキュートなルックスと魅惑的なダンスは、男たちの視線を釘づけに
サンディのキュートなルックスと魅惑的なダンスは、男たちの視線を釘づけに[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

ネオンが当たらない暗闇に潜む罠を描くこと

ライト監督もそれらに倣ってはいるが、彼が再現するのは“夜”のスウィンギング・ロンドンで、若者たちが楽しく群れているだけではない。そこから弾き飛ばされた若者たち、おもに女性がスウィンギング・ロンドンの闇に飲み込まれていった現実を視野に入れているのだ。

インタビューのなかで、ライト監督はこう語っている。「過去数十年を美化するのは簡単なことです。自分が生まれてなかった時代だとしても、“活気あふれる60年代にタイムトラベルできたら最高だ”と考えても許されるから。だけど、そこには頭から離れない疑問があります。“でも本当に最高かな?”特に女性の視点で見るとね」。

悪い男に捕まり、“あやつり人形”となってしまったサンディの失意が描かれていく
悪い男に捕まり、“あやつり人形”となってしまったサンディの失意が描かれていく[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

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