堤真一が語る映画『鹿の王』への父親目線での共感「“守るべき者”や“なにものにも代えがたい存在”がいるというのは、生きる力になる」
「原作を読んだ時、ヴァンよりむしろホッサルが真の意味で主役だと思った」
謎の病から生き延びたヴァンとユナは、たどり着いたある集落で平和な暮らしを送ることに。そこで大自然に囲まれて伸び伸びと生きる2人の姿を、堤は最も好きなシーンとして挙げる。だがそれも束の間、病を解明しようと、若き天才医師ホッサルが2人を捜してやって来る。「原作を読んだ時、ヴァンよりむしろホッサルが真の意味で主役だと思いました」と語るホッサルに、堤は心底魅了されたという。「単なる医者ではなく、科学者的な要素を持っている人。人々を助けるために病を追究しようとする姿勢や、そこに命懸けで進んでいく生き方が、すごく魅力的でした。でも、祈りで病を治そうとするような時代に、別の感覚や意識で物事を見ることのできる、ホッサルのような時代を変えていく人は、逆に排除されやすくもあるんですよね。だからこそ、真のヒーローと言えるわけですが」。
国同士の力関係に、病や陰謀、人間の欲望と思惑が複雑に絡み合う。そこでひと際、『鹿の王』というタイトルが、深い意味を帯びてくる。「群れが危機に陥った時、必ず自分の身を挺して群れを守る“鹿”が現れる、という話が出てきますが、それこそが真の王、つまりリーダーだということですよね」。だからこそ私たちはヴァンやホッサルに魅了され、憧れを禁じ得ないのだ。
「いまも世界情勢によって、ユナのように親を亡くして孤児になってしまう子どもたちが世界にたくさんいる」
日本のアニメーションが世界的に高く評価されているのは、そうした深いメッセージが描き込まれているからこそ、とも言えるだろう。本作を「アニメだからといって単なる子ども向けではなく、大人が観てこそ感じることがある作品だと思います」と堤も胸を張る。「特にコロナを経験したいまこそ、深く感じられるのではないでしょうか。しかもいまも本作が描いているような事態、大きな国がほかの小国を飲み込もうとするようなことが、現実に起こっている。人間の欲望や支配欲は、本当に恐ろしいですよね。いまも世界情勢によって、ユナのように親を亡くして孤児になってしまう子どもたちが世界にたくさんいるわけですから」。
アフレコは本作が初ではあるが、日頃から堤はアニメーション作品をよく観ているそうだ。「東京に出てきたばかりの20代のころ、いろんな映画のビデオを借りていました。名作ばかりだと疲れてしまうから、気軽に観られるアニメも借りて。よく『うる星やつら』を借りて観ていました。いまは子どもがいるので一緒に観ることもありますが、スタジオジブリ作品は、やはり大人になっても夢中で観てしまうものですよね。なかでも強烈に印象に残っているのは、『火垂るの墓』。もう一度観たいような、観るのが怖いような作品です。自分の子どもにも観せたいと思うけれど、感受性が強いので悲しくなりすぎてしまうのではないかと、不安も感じます」。
『もののけ姫』(97)、『千と千尋の神隠し』(01)の作画監督を手掛けたスタジオジブリ出身の安藤雅司が、監督を務めたことにも拠るだろう。自身も大好きなジブリ作品との繋がりを本作に感じると語る。「大地と共に生きることの大切さなど、やっぱり(ジブリ作品と)繋がっているのを感じます。『となりのトトロ』をはじめ、どのジブリ作品も自然の大切さを教えてくれていますから。だから本作を、より多くの方に観ていただいて、もっと環境問題に取り組める社会になってほしいですね」と最後にクギを刺すことも忘れない。そんな堤の言葉が、次世代を見据えたメッセージが本作に込められていると、改めて意識させてくれた。
取材・文/折田千鶴子