2022年の日本社会の“本当の姿”を暴いた『夜を走る』。佐向大監督はいかにしてこの傑作をものにしたのか?【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

2022年の日本社会の“本当の姿”を暴いた『夜を走る』。佐向大監督はいかにしてこの傑作をものにしたのか?【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

宇野「なるほど、そういう意味ですね。でも、もちろん20代や30代の新人監督が撮った作品ならではの無軌道な良さというのもありますが、『夜を走る』の良さって、観客を途中から思いもしないところまで連れていってしまうストーリーテリングにおいても、主人公がいきなり踊り出したりする描写においても、普通だったらやっちゃいけないことを確信を持ってやりきったかっこよさだと思うんですよね。で、そこで確信を持ってやりきるには、やっぱりキャリアや人生経験からくる、地に足がついた感覚が重要で。ちゃんと作り手が最後まで作品をコントロールしている。作り手がコントロールを放棄して、結果としてわけわかんなくなってるような作品とは全然違うと思うんですよ」

足立智充、まさに怪演と呼ぶべき存在感。佐向大監督作品は『教誨師』に続いての出演
足立智充、まさに怪演と呼ぶべき存在感。佐向大監督作品は『教誨師』に続いての出演[c]2021『夜を走る』製作委員会

佐向「自分自身がこういうことになった時にどうするかってところからじっくりと考えましたし、スタッフや足立さんにその都度相談もして決めていった部分もあるんですけど、それが一般的におもしろいものになっているかどうかはわかりませんが、少なくとも僕自身はすべておもしろいと思ってやったことなんですよね」

宇野「でも、その感覚が、ちょっとほかではあまり見たことがないような不思議な感覚ですよね。それがこの作品の肝になってると思うんですけど。この作品の撮影は東京で行われてますけど、出身の横須賀というのは、なにかバックグラウンドとして影響があったりしますか?」

佐向「大学を卒業して、社会人になるまで横須賀にいたんですけど、やっぱり基地の街で暮らしていたというのは少なからず影響はあったと思います」

宇野「アウトローの人たちとかも多い土地柄ですよね」

佐向「多いですね(笑)。成人になる前ぐらいから、米軍の人たちが集まるところによく行って、バンドをやったりもしていて」

宇野「ライブハウスも多いですしね」

『夜と昼』より
『夜と昼』より

佐向「そう。一番最初に撮った『夜と昼』という作品はまさに当時のそういう生活を描いた映画だったんですけど、アメリカに対する憧れと、すごく冷めた視線の両方があって、そういうのは、いまもずっと続いていると思います。あと、父親が自衛官だったんですよ」

宇野「へえ!」

佐向「それで、当時は団地みたいなところに住んでいたんですが、祝日にウチの部屋だけ窓から日の丸を出してるんですよ。それがすっごく嫌で」

宇野「でも、我々が子どものころの時代って、祝日になると結構みんな日の丸出してましたよね。集合住宅だと珍しかったのかもしれないですけど」

佐向「だからといって、めちゃくちゃ右寄りの家庭とか、そういうわけではなかったんですけども」

宇野「いや、お父様の職業的に、愛国心はあってしかるべきだと思いますよ、当然」

佐向「まあでも、息子って父親に反発するものじゃないですか」

宇野「最近はそうでもないという話はよく聞きますし、その実感もありますけど(笑)」

佐向「僕自身は若い時、思いっきり父親とは反対の方向にいって、父親と取っ組み合いになったりしたこともあって。そのころに比べて自分自身もかなり変わりましたけど、そういう少年時代を経て、国家とか体制とかに対する複雑な想いはずっと抱えてきましたね」

『夜を走る』より
『夜を走る』より[c]2021『夜を走る』製作委員会

宇野「監督のパーソナルな生い立ちが作品への先入観になっちゃいけないとは思うんですが、『夜を走る』にも流れている、単純な反体制とは違う、だからといってただの体制順応とも違う、あのちょっと不思議な感覚のカウンター意識みたいなものとつながってる気がしてとても興味深い話ですね」

佐向「ちょっと違うかもしれないんですが、自分は刑事ものってあんまり好きじゃないんです。刑事ものって、警察組織に順応してる人間は主人公になりにくくて、大体主人公は組織に反発してる刑事ばかりじゃないですか」

宇野「確かに」

佐向「体制組織の中の一匹狼ってすごく図式的というか、逆に権威主義のように思えてしまう。だから、クリント・イーストウッドは大好きなんですが、『ダーティハリー』シリーズとか全然おもしろいと思わないんですよ。例外は、警察官で、体制側の人間だったつもりが、圧倒的な壁にぶち当たってだんだん落ちぶれたり潰されていったりする映画で」

宇野「そっちだったらいいんですね(笑)」

佐向「リチャード・フライシャーの『センチュリアン』とか、アレックス・コックスの『PNDC エル・パトレイロ』とか」

警察の腐敗を描いたメキシコ映画『PNDCエル・パトレイロ』(93)
警察の腐敗を描いたメキシコ映画『PNDCエル・パトレイロ』(93)[c]Everett Collection/AFLO

宇野「アベル・フェラーラの『バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト』とかもそういう映画ですよね」

佐向「そうそう。ああいう作品は好きなんです」

宇野「なるほど。ありがちな一匹狼ものの刑事ものとかを見てると『体制のなかにいるくせに反体制ぶってんじゃないよ』って気持ちになる?」

佐向「そうですよ。刑事のくせに俺は俺のやり方でいくみたいなのを見せられると、白けちゃうというか。どうせなら体制側に立って、もう悪いことばかりしてればいいんですよ(笑)。そういう屈折したところがあって」

刑事ものについて、独自の視点を語る佐向監督「どうせなら悪いことばかりしてればいいのに…」
刑事ものについて、独自の視点を語る佐向監督「どうせなら悪いことばかりしてればいいのに…」撮影/杉 映貴子

宇野「ああ、でもすごくよくわかりますよ。それでいうと刑事の内部告発ものとかとんでもないですよね。組織のなかにおけるスニッチ(密告者)って、もっとも軽蔑すべき存在ですもんね。確かによくないわ。自分もこれからはその視点で刑事ものを見よう」

佐向「(笑)」

宇野「佐向監督が撮る刑事もの、観てみたいですね。今日はお話できてとてもおもしろかったです。次作も『夜を走る』のようなスペシャルな作品を期待してます!」

佐向「そうですねえ。『夜を走る』がちゃんとお客さんに観てもらえたら、そこに近づけるとは思うんですが」

宇野「大丈夫です。きっちり盛り上げます!」

取材・文/宇野維正


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