スターオーラ、健在!『トップガン マーヴェリック』の“アイスマン”ヴァル・キルマー、波乱の軌跡
「共演しづらい俳優」と言われながらも、強烈な個性で存在感を発揮
しかし同時にこの頃から、ヴァル・キルマーには良からぬ評判もまとわりつくようになる。『D.N.A.』の現場で監督のジョン・フランケンハイマーと揉めたことが要因とされるが、このあたりの真実については、ヴァル本人を迫ったドキュメンタリー『Val(原題)』(21)で語られる。同作は気鋭のスタジオ、A24の製作で、咽頭がんで声を失った後から現在に至るヴァルの姿にも迫っている。アメリカなどでは配信されて高い評価を受けており、日本でも近々観られることに期待したい。
2000年以降は、人類の火星移住を描くSF大作で主演を務めた『レッドプラネット』(00)など、作品評価の芳しくないものもあったが、「共演しづらい俳優」という、あらぬ評判が立ちながらも、ヴァル・キルマーは強烈な個性を発揮する役で活躍を続けた。ドラッグに溺れ、殺人事件の容疑者になってしまう俳優という難役を演じた『ワンダーランド』(03)ではヴァル本人の素顔も重なったし、ゲイの探偵役の『キスキス,バンバン』(05)では、ロバート・ダウニー・Jr.との掛け合いで楽しませた。巨匠フランシス・フォード・コッポラ監督の『Virginia/ヴァージニア』(11)では、殺人事件に遭遇するミステリー作家の主人公で、これまで培った実力が発揮された。近年もテレンス・マリック監督の『ソング・トゥ・ソング』(17)のように、主演ではなくとも作品の要所をきっちり締める役割をこなしている。
瞳の奥にどこか危うさをたたえ、スクリーンに姿を現すだけで、なにかが起こりそうな気配を漂わせる。あるいは逆に、怪しげな香りを放ちながら、予想を裏切って真っ直ぐな正義感で行動したりする。ヴァル・キルマーは観ているこちらの心をざわめかせる才能をもった稀有な俳優だ。病気の治療後、仕事はややセーブされ、『トップガン マーヴェリック』も当初は拒みつつも、トム・クルーズや製作陣の熱意が伝わって出演が実現。登場シーンは短いながら、どっしりとしたその存在感に改めて感激するのは間違いない。
2019年には監督作『Cinema Twain』も発表しているヴァル・キルマー。これは、以前から一人芝居として続けてきた舞台劇の映像化作品で、ヴァルが「トム・ソーヤーの冒険」で知られる文豪マーク・トウェイン役を演じている。このマーク・トウェインのプロジェクトでは、今後も監督・主演を兼ねる映画が準備中のようだ。最先端の技術を駆使して挑戦を続けるヴァル・キルマーの60代、70代の名演技が、まだまだ多くの作品で観られることを期待したい。
文/斉藤博昭