ポール・トーマス・アンダーソン映画に見る、LA郊外サンフェルナンド・バレーにおける家族像
サンフェルナンド・バレーにおけるビジネスと家族の崩壊
映画、テレビ、ポルノなどサンフェルナンド・バレーの虚構まみれの華やかなビジネスの裏側で破綻した家族という要素もアンダーソン監督作の特徴に挙げられる。
『ブギーナイツ』では、主人公エディ(マーク・ウォルバーグ)は高校を中退したため両親から蔑まされていたりと、郊外の単調な日々で冷えきった家族像が描かれている。そんな家族のもとを離れ、刺激的なポルノの世界に飛び込んだエディは、監督のジャック(バート・レイノルズ)をはじめとする業界の仲間たちと、擬似家族の関係を築き上げていく。
『マグノリア』でも、クイズ番組のMCとして家族よりも仕事を選んだ男とそんな彼を憎み薬に溺れた娘、元プロデューサーの男と新興宗教の教祖的存在になった息子との不仲、天才クイズ少年が賞金目当ての父親に対して「僕は人形じゃない」と言い放つなど、ショービズ絡みのギクシャクした親子関係が随所に盛り込まれている。アンダーソン監督の父親もテレビ番組の司会者であり、彼の育ってきた世界が作品に反映されているのだ。
サンフェルナンド・バレーは戦後いち早く郊外化が進み、一軒家に広い芝生の庭といったいわゆるアメリカ的な幸せな家庭像が築かれていった象徴的な場所。その一方で、郊外の娯楽に乏しい退屈な生活の場で、80年代には離婚率が全米一に上ったとも言われており、幸せな家族像が皮肉にも虚構だった場所だ。
『リコリス・ピザ』でも、家のシーンでは母親とゲイリーが一緒にいることがなく、親子というよりも役者とマネージャーというビジネスライクな関係という印象を受ける。また、離婚をしているかについて特に言及はないが、父親は一度も映画に登場しない。
そんななかで関係修復のかすかな希望が見いだされたり、新たな関係が紡がれていくアンダーソン作品。『リコリス・ピザ』でも、主人公の2人は、ビジネスを越えた関係を築き上げようとしていく。
ショービズの街サンフェルナンド・バレーならではの、現実と虚構の狭間のような浮世離れした暮らしが楽しめる『リコリス・ピザ』。この土地だからこその一風変わったロマンスをぜひ劇場でチェックしてみてほしい。
文/サンクレイオ翼