“完璧主義”のナ・ホンジン監督が「本気で怖いホラー映画を作りたい」と挑んだ『女神の継承』に息づくシャーマニズム
人間の心をえぐりだすサスペンスやホラーを描き続けてきた、鬼才ナ・ホンジン。彼がシナリオ原案とプロデュースを務めたホラー映画『女神の継承』が、7月29日(金)より公開される。
フェイクドキュメンタリー式ホラーの本作がマーベルを押さえて1位を記録
タイ東北部・イサーンにある小さな村で暮らす、祈祷師の一族。若く美しい後継者でありながら呪術を信仰しないミン(ナリルヤ・グルモンコルペチ)は、ある時原因不明の体調不良に見舞われ、まるで人格が変わったように凶暴な言動を繰り返す。不可解な現象に途方に暮れた母親は、妹のニム(サワニー・ウトーンマ)に祈祷を求める。しかし、彼女に取り憑いている何者かの正体は、ニムの想像をはるかに超えるほど強大な存在だった。本作では、邪悪で恐ろしいミンの表情や、怪しげでありながら神秘的な謎の儀式、そして理解の追いつかない怪現象の数々が、フェイクドキュメンタリーで臨場感たっぷりに映し出されている。
『女神の継承』がプレミア上映された2021年のプチョン国際ファンタスティック映画祭では、わずか“26秒”でオンラインチケットが即完売し、最優秀長編映画賞を受賞。ホラー作品にもかかわらず、米アカデミー賞国際長編映画賞タイ代表に選出された。韓国で劇場公開された際は、青少年観覧不可(映倫区分R18+相応)でありながら、マーベル・スタジオ『ブラック・ウィドウ』(21)をおさえて興行収入初登場第1位を記録した。
韓国の鬼才がタイの新鋭とタッグを組んだ理由は?
これまでナ・ホンジン監督は、『チェイサー』(08)、『哀しき獣』(10)など傑作を世に生み出してきた。中でも3作目となる『哭声/コクソン』(16)は、疑念に追い詰められる者の恐怖心を宗教的要素とともに描き、カンヌ国際映画祭で絶賛され、韓国や日本でも大ヒット。どこへたどり着くか予測不能な世界観は、多くの人々を熱狂の渦に巻き込んだ。『女神の継承』は、そんな『哭声/コクソン』に登場したキャラクターの中でも特に不気味さを放つ祈祷師イルグァン(ファン・ジョンミン)の続編としてのストーリーをナ・ホンジン監督が思いついたことから、企画がスタートした。
とはいえ、ナ・ホンジン監督には、監督として携わる気持ちは一切なかったそう。完璧主義者で知られる彼は、作品を長く作り続けることで陥りがちな“焼き直し感”を許さない。タイの祈祷師をモチーフにした『哭声/コクソン』のアナザー・バージョンとも言える本作であっても、『哭声/コクソン』ではない物語でなければならなかったのだ。シチュエーションとして、ひどく湿って雨が多く降る鬱蒼とした森、舗装されていない道路のイメージが浮かんでいたナ・ホンジン監督はバンジョン・ピサンタナクーン監督を思いつき、演出を依頼。そして、自然とタイが物語の舞台に決まった。
そんなバンジョン・ピサンタナクーン監督は、かねてよりパク・チャヌク監督やポン・ジュノ監督、イ・チャンドン監督らのテイストを自身の作風に取り入れることで知られており、韓国映画と無縁ではなかったのだが、特にナ・ホンジン監督については格別な思いがあった。『心霊写真』(04)などで高い評価を受けたピサンタナクーン監督だったが、ホラーというジャンルに対して懐疑的になり、一時期距離を置いていた。しかし、偶然『哭声/コクソン』を観て、「幽霊ではなく雰囲気に重点を置くことで恐怖心を醸しだしていました。これまで観てきたホラー映画とはまったく違う、次世代のホラーでした」と心を掴まれ、ナ・ホンジン監督の大ファンに。今回は敬愛する監督からのラブコールだけに、喜びもひとしおだったのだ。