“完璧主義”のナ・ホンジン監督が「本気で怖いホラー映画を作りたい」と挑んだ『女神の継承』に息づくシャーマニズム
ナ・ホンジン監督、コロナ禍でのニューノーマルな撮影に手ごたえ
新型コロナウイルス感染拡大により、残念ながらタイでの共同作業が叶わなかった。両監督は製作チームと撮った映像を当日オンラインで共有・編集し、お互いに次の場面について討議を重ねた。作品の強みを“リアリティ”とするピサンタナクーン監督は、台本はガイドラインとして考えるにとどめ、現場では俳優から撮影監督まで即興的に動くスタイルを取った。彼にとっては初めての方法だったそうだが、それ以上にプレッシャーだったのは、“私のアイドル”と憧れて止まないナ・ホンジン監督の視線だった。
自分自身にはもちろんのこと、出演俳優やスタッフにもパーフェクトを求めるというエピソードが伝えられているナ・ホンジン監督だけに無理もない話だが、当の本人はタイから送られてくる映像の完成度に、日々驚かされていたという。「バンジョン・ピサンタナクーン監督の手腕のおかげで、シナリオ修正などプロデューサー業にさらに集中できた。これが一緒に働きながら相互に得るメリット」と、新鋭の仕事に満足げだ。こうして出来上がったナ・ホンジン監督による脚本は、秘密や隠された人物がほのめかされ、『哭声/コクソン』のように信仰について戸惑わせながら何度も裏切るという点が緻密だと評価されている。
本当は幽霊が怖い!?ナ・ホンジン監督の意外な素顔
『女神の継承』では、森の中で人目につかぬように異様な存在感でたたずむ女神バヤン像や、どこか不穏さのあるタイ東北部イサーン地方の景色が、独特なムードを漂わせている。背景にあるのは、韓国語の原題 “랑종”(タイ語で“シャーマン”)が意味するように、土着信仰のシャーマニズムだ。膨大な資料調査をしながら30人ものシャーマンに会い、奇妙な現象も経験したピサンタナクーン監督は、最大限、現実に基づいて描こうと努め、現場でのリアリティを生かして撮影したという。
そんなピサンタナクーン監督に対し、ナ・ホンジン監督は「バンジョン・ピサンタナクーン監督が長い間タイのシャーマニズムを綿密に取材していたからこそ、劇中のシャーマンたちの姿と意識がディティールに至るまでこだわって描き出された」と絶賛する。ちなみに、これまでホラーの良作を作り続けて来たピサンタナクーン監督だが、「幽霊を見たこともないから怖くもない」と語り、本作を撮るまではシャーマンも信じなかったという。一方、『哭声/コクソン』の時に幽霊が実在するのか入念に調べたナ・ホンジン監督は「幽霊は存在する。本当は、ホラー映画が怖くて観られない」と話す。息ぴったりの2人だが、こんなところで考え方に差が出るのがおもしろい。
『哭悲/THE SADNESS』(21)や『呪詛』(配信中)など、いま勢いを増しているアジアンホラー。完璧主義で知られるナ・ホンジン監督が「本気で怖いホラー映画を作りたい」と挑んだ『女神の継承』も、この夏観客を震え上がらせ、虜にするに違いない。
文/荒井 南