池田エライザが語る、“ハウ”こと俳優犬ベックの不思議な魅力「みんな素の表情が出ちゃう!」
「ハウの前ではお芝居を通り越して、素の表情が出ちゃうんでしょうね」
劇中のハウは、民夫を探して走る道中で、悩みや悲しみを抱えた人たちと出会う。茨城県では震災の風評被害に心を痛めていた女子中学生(長澤樹)の心を癒し、栃木県のシャッター商店街ではひとりで傘屋を営む高齢の未亡人(宮本信子)の孤独に温もりを与える。さらに、群馬県桐生市ではハウの過去に関わる若い女性(モトーラ世理奈)と運命的な再会を果たす。それぞれのエピソードがオムニバス映画のように個々の感動を呼び起こすが、「どのエピソードの役者さんも、ハウのおかげで、普段は見せない顔をしてくれていた気がする」と池田は言う。「頑固なおじいちゃんが孫の前ではデレデレになるように、ハウの前ではお芝居を通り越して、人間のいじらしさや素の表情が出ちゃうんでしょうね(笑)。そういったものが、この映画にはたくさん映っていると思います」。
そんな池田が、ハウの旅で一番お気に入りなのが山間の修道院で繰り広げられるエピソードだ。「犬があまり好きじゃない、教会のシスターが最高でした(笑)。彼女はたぶん偏見ではなく、犬にまつわる嫌な過去の実体験があって、それで犬が苦手なんでしょうけど、それでもハウのことが好きになっちゃうんですよね。その感じがすごく伝わってきたし、ハウのことを可愛いなって思っているあの表現の仕方が大好き。大騒ぎになっても修道院というコミュニティならではの上品さが感じられて、そこも犬童監督らしくておもしろかったです(笑)」。
「民夫と同じように、喪失感を抱えた多くの方の心を軽くするんじゃないかな」
池田自身も、劇中の登場人物たちと同じように、飼っていた犬の愛と癒しの力を実感した大切な思い出があるようだ。「小学生の時に、実家でミニチュア・ピンシャーを飼っていたんです」と遠い日の記憶を手繰り寄せてくれた。
「女の子だったんですけど、私が親に大きな声で怒られた時、彼女がケージを突き破って親にガブって嚙みついたんです。すっごく小っちゃいんですけど、その小さな身体で私の前に立って『ワンワンワン!』って吠え続けたから、みんな静まり返って。事情はわからないのに、いつも仲良くしてくれる私が悲しむことは許さん!というその正義感にビックリしたし、感動しました。大親友でしたね」。
映画ではハウが突然いなくなり、幸せな生活にぽっかり穴が空いた民夫のペットロスも描かれる。これはペットを飼っている人なら誰もが体験する、避けては通れない、乗り越えなければいけない問題。本作の終盤のシーンでは桃子と一緒にお酒を飲んでいた民夫が、その自分なりの乗り越え方を語り始めるが、池田は「あのセリフは忘れられない」と撮影時を思い出しながら目を細める。
「桃子という役を通り越して、私がすごく大切にしたくなる言葉をくれました。台本を読んだ時も“この言葉を思いつくなんてスゴい!”って思ったけれど、実際にお芝居で正面から言われた時は雷が落ちるような衝撃があって。すごく腑に落ちたんです。民夫と同じように、喪失感を抱えた多くの方の心を軽くするんじゃないかなと思いましたね」。
本作は「可愛い!」と言ってペットを簡単に飼ってしまう最近の風潮にもさりげなく警鐘を鳴らしていて、犬童監督も「民夫のもとに来る前のハウがあるカップルに飼われるシーンは、実はそのことへの問題提起として撮っているんです」と公言。池田も「この映画のお話をいただく何年も前から、動物たちがペットショップに来るまでの過程をもっと多くの人に知ってほしいなという気持ちがありました」と言葉に力を入れる。
「そこはきちんと考えて、変えていかなければいけない時代になってきていると思います。けれど、ペットショップを運営しているすべての人が悪者じゃないし、『ペットショップで買わないでください』って言ったら、お店にいまいる子たちはどうなるの?っていう問題が出てくる。その一方では、心に傷を負った保護犬、保護猫もたくさんいて、彼らにもより快適な環境で生きる権利があるという側面もあります。そういった問題についても、この映画はお説教ではなく、保護犬ハウとの出会いを通したひとつの叙事詩として描いているのがすばらしくて。そこに賛同する気持ちもありました」。
終始和やかなムードで、『ハウ』に込めた想いとあふれんばかりの動物愛を語ってくれた池田。インタビューでは「完成披露試写会の舞台挨拶の時、私と犬童監督の楽屋には“おチュール元”と紙に書かれたお中元が置いてあったんです。けれど、田中さんの楽屋にはそれがなくて。監督と『そりゃ、そうだよ。田中さんの家、猫いないもの』と言って猫びいきで盛り上がったんですよ(笑)」という裏話も楽しそうに話してくれたが、ハウことベックの話になると彼女も自然に笑顔になってしまうようだ。その幸福感を、ぜひスクリーンで実感してもらいたい。
取材・文/イソガイマサト