ムロツヨシが語る、“出会い”への感謝「飛んでくる石を、笑い飛ばせる大人でありたい」
「本作では、いままでの“ムロツヨシ”をそぎ落としたほうがいいと感じました」
島田が山田に「どんな人でも、いなかったことにしちゃダメだ」と語りかける言葉が胸を打つ。ムロは島田について「おそらく彼はある日、思いもよらないタイミングで大事な人を失っている」と解説。
「荻上さんから島田の過去について話を聞きました。本編では描かれないのですが、演じるにあたり、その重みをかみしめました。自分も家族や親しい人が急に亡くなった経験はありますし、そういうとてつもなく辛い気持ちを、いや、『辛い』というひと言では片付けられないものを持ちながら、大切に島田役を演じました」。
真摯に役に臨んだムロだが、現場では荻上監督から「いままでのムロツヨシを捨ててください」と予想外のリクエストをされた。「最初に荻上さんから『違う』と言われました。本作は荻上さんが作った世界なので、違うと言われたらそこは違うんです。『こういうお芝居をしてください』ではなく、ある意味、任せてもらっているからこその指摘でしたが、そこからはもちろん戦いでした。それで話し合った結果、今回はいままでの“ムロツヨシ”をそぎ落としたほうがいいとなったんです」。
それはムロにとってはある種の試練だった。「島田を演じるにあたり、どうしてもいままでの癖が出るし、成功体験と失敗体験のデータに基づいた演技を無意識にやってしまいます。でも、そういう演技は本作には必要なくて、『島田のことをもっといっぱい考えて演じてもらいたい』とだけ言われました。そんなふうに言ってくれる監督と出会えたことは、僕にとって本当に大きかったです」。
「誰かとご飯を食べる時間がいかに有意義だったかを、改めて痛感しました」
続いて、本作のテーマにちなみ、心に残る美味しいご飯の思い出についても聞いた。ムロは「たくさんあります。20代の僕はバイトばかりしていましたが、俳優一本でいこうと30歳の誕生日にバイトをやめたんです。そこからご飯に連れていってもらった先輩たちや、年下の小泉孝太郎くんをはじめとする後輩たちにご馳走してもらったことは決して忘れられません」としみじみ語る。
「孝太郎くんは僕が食べたことがないような料理屋さんに連れていってくれて、『いつかムロさんは後輩にご馳走できるようになるので、いまは甘えてください』と言われました。そこから、小栗旬くんと出会い、小栗くんのおかげで笑福亭鶴瓶さんなどの大先輩たちともご飯に行けるようになりましたが、本当にどれもかけがえのない時間です。そういう方たちとお酒を飲んでいる時は、人の怖さを忘れているし、この人たちがいてくれるから、この世界にやりがいを感じ、まだまだ俳優としてやっていこうと思えます」。
ムロにとってのささやかな幸せについても聞いてみた。「やはり誰かとご飯を食べて、お酒を飲んでいる時、悪酔いにならない良い飲み方をしている時は、幸せだなと感じます。また、僕は普段、運動のために走っていますが、それが気持ち良いと感じることは、ささやかな幸せになっています。ただ天気がいいだけでも、いい気分になれます」。
特にコロナ禍で、誰かと食事をする機会が減ったことは、とても寂しく思っているそうだ。「僕は独身で、家族は近くにいるのですが、やはりコロナ禍では一人でいる時間とかなり向き合うことになりました。そうすると、誰かとご飯を食べるという時間がいかに有意義だったかを改めて痛感します。以前は誘えば誰かが来てくれたけど、いまはそう気軽に誘うわけにもいきません。人とご飯を食べる時間そのものを、より大切に捉えるようになりました。そういう意味でも、この映画は、当たり前だったささやかな幸せを思い出させてくれる作品になったと思います」。
取材・文/山崎伸子