トレンドはコメディ!第74回エミー賞の受賞結果から紐解く、ドラマシリーズの潮流

コラム

トレンドはコメディ!第74回エミー賞の受賞結果から紐解く、ドラマシリーズの潮流

アメリカのテレビ界の最高峰を決める第74回エミー賞の結果から、現在のテレビシリーズのメインストリームはコメディ作品にあることがわかる。約1万7000名の米国テレビ芸術科学アカデミー会員が投票するエミー賞は、テレビで放送(配信)された作品に対して授与される賞。テレビで中継されているのは「プライムタイム・エミー賞」で、そのほかにも技術部門やゲスト出演俳優に授けられる賞などを決める「クリエイティブ・アート・エミー賞」などがある。

「ホワイト・ロータス」のスタッフ&キャストたち
「ホワイト・ロータス」のスタッフ&キャストたちPhoto by Phil McCarten/Invision for the Television Academy/AP Images

今年のプライムタイム・エミー賞の最多受賞は「ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル」(HBO /U-NEXT)。ハワイの高級リゾートホテルを舞台に、バカンスにやってきた富裕層とホテルの従業員が殺人事件に巻き込まれ右往左往するストーリーで、ショーランナーを『スクール・オブ・ロック』(03)のマイク・ホワイトが務めるブラック・コメディ。エミー賞全体で20部門にノミネートされたのち、リミテッドシリーズ部門作品賞、監督賞、脚本賞、助演男優賞、助演女優賞の計5部門を受賞している。この部門では主演女優賞 を「ドロップアウト~シリコンバレーを騙した女」(hulu /Disney+)のアマンダ・サイフリッド、主演男優賞 を「DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機」(hulu /Disney+)のマイケル・キートンが受賞したが、それ以外はすべて「ホワイト・ロータス」が独占という快挙だ。

リミテッドシリーズとは、ワンシーズンのみのシリーズのことを指すが、「ホワイト・ロータス」は早々とシーズン2への継続が決まっている。エミー賞でリミテッドシリーズにノミネートされ、さらには最多受賞という名誉を得たのは、アンサンブルキャストの多くが来シーズンに続投しないからだという。シーズン2には、助演女優賞を受賞したジェニファー・クーリッジのみが出演する予定だ。


「マーダーズ・イン・ビルディング」チーム
「マーダーズ・イン・ビルディング」チームPhoto by Jordan Strauss/Invision for the Television Academy/AP Images

「ホワイト・ロータス」のように、ホテルのような場所を舞台にしたコメディ作品も多く作られている。スティーブ・マーティンとマーティン・ショートがそれぞれコメディ部門主演男優賞にノミネートされている「マーダーズ・イン・ビルディング」(hulu /Disney+)も、高層アパートで起きた殺人事件を追う3人のコメディ、ジーン・スマートがコメディ部門主演女優賞を演じた「Hacks(原題)」(HBO Max、日本未配信)も、ラスベガスのホテルでコメディショーを上演するコメディエンヌの物語だ。Apple TV+で配信中の「アカプルコ」は、80年代のメキシコのリゾートホテルを舞台したコメディで、主人公のマキシモを演じるのは『CODA コーダ あいのうた』(21)でルビー(エミリア・ジョーンズ)の音楽教師を演じたエウヘニオ・デルベス。人々が集まる状況を作り、そこから物語を膨らませていくのはドラマの常套だ。

Apple TV+で配信中の「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」
Apple TV+で配信中の「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」[c]2022 on Apple TV+.

2020年配信のシーズン1から徐々に人気を集め、計20部門でノミネートを勝ち取った「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」(Apple TV+)は、コメディ部門作品賞に加え、主演男優賞(ジェイソン・サダイキス)、助演男優賞(ブレット・ゴールドスタイン)、監督賞(M・J・デラニー)の4部門を受賞している。アメフトのコーチがイギリスへ渡り、プレミアリーグのサッカーチームのコーチに挑戦するストーリーで、副題に反してコーチよりチームメイトやスタッフのほうが破天荒というコメディ。笑いに満ちていながらも、プロスポーツの世界で家父長制やトキシック・マスキュリニティの呪縛に苦しむ男性たちのメンタル問題なども描いていて、まさにいまの時代にぴったりとはまった作品だ。ドラマが人気を博すとともに出演者たちの知名度・人気も上がり、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(21)や『ソー:ラブ&サンダー』(22)といった作品にピックアップされている。

FX、Disney+で配信中の「アトランタ」
FX、Disney+で配信中の「アトランタ」[c]2022, FX Networks. All Rights Reserved.

「ホワイト・ロータス」をブラックコメディのジャンルと位置付けるならば、ドラマ・シリーズ部門で作品賞ほか脚本賞と助演男優賞を受賞した「メディア王 〜華麗なる一族〜」(HBO /U-NEXT)も、ある意味コメディと言える。「メディア王」やドナルド・グローヴァーとヒロ・ムライによる「アトランタ」(FX /Disney+)のような、社会や状況を風刺に状況を笑う作品は「クリンジ・コメディ」と呼ばれ、ドラマシリーズの人気ジャンル。2021年に放送・配信開始された「アボット・エレメンタリー」(ABC /Disney+)は、アメリカ人が大好きな「ザ・オフィス」(NBC、スティーブ・カレル主演)のようなモキュメンタリー調コメディ。フィラデルフィアの公立小学校で、初等教育に打ち込む教師たちのちょっとズレた言動をシニカルなコメディに仕立てている。ショーランナー兼主演のキンタ・ブランソンは、コメディ部門脚本賞を受賞している、新しいコメディの女王。

ABC、Disney+で配信中の「アボット・エレメンタリー」
ABC、Disney+で配信中の「アボット・エレメンタリー」[c]ABC/Gilles Mingasson

かつて、アメリカのドラマは日本放送(配信)まで時間が空き、エミー賞の結果を見ても馴染みのない作品ばかり並ぶような時代もあった。ここ数年のストリーミングサービスの台頭と、クリエイターと俳優の間でドラマシリーズと映画界の垣根がなくなったことにより、日本でも本国と寸分違わぬタイミングで配信される作品が増えている。第74回エミー賞受賞作品も、「Hacks」を除いてすべて日本でも鑑賞できる。今年受賞した番組の多くを占めるコメディ作品から、アメリカそして世界のドラマシリーズの潮流を読み取ることができるだろう。

文/平井伊都子

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