濱口竜介監督が語る、エドワード・ヤン作品の魅力「人生が生きるに値することを見つけ続けた」
「人生が生きるに値するものであるかを見つけることを、フィルモグラフィを通してやり続けた」
――『エドワード・ヤンの恋愛時代』[レストア版]はぜひこのあと、劇場公開もしてほしいです。
濱口「『カップルズ』はどうですか?」
――たぶん同じ出資者だと思うので、いまは権利関係がクリアしているんじゃないかと。そこはわからないのですが、東京国際映画祭でエドワード・ヤンの追悼上映をやった時もその2本は上映できなかったので。ぜひ『カップルズ』も映画館で観てみたいですね。エドワード・ヤンの遺作『ヤンヤン 夏の想い出』は、ポニーキャニオンが出資しているので、いつでも上映できますが、それまでの映画は出資が複雑でなかなか上映されにくかったです。
濱口「すごい豆情報として、『ヤンヤン 夏の想い出』はアソシエイトプロデューサーとして久保田修さんが参加されていますが、『ドライブ・マイ・カー』にも、エグゼクティブプロデューサーとして関わってくれていました。久保田さんからエドワード・ヤンが一体どういう人柄だったのか、どういう演出をしていたかを聞くのもとても楽しい体験でした」
『ヤンヤン 夏の想い出』も『牯嶺街少年殺人事件』と並ぶくらいの大傑作だと思います。もう一回、映像と音響を解体するようなことをやりながら、ここで手に入れた俳優との共同作業をより反映させている。非常に絶望的な状況も描かれているけど、そこから一体どうやって、人生が生きるに値するものであるかを見つけることを、フィルモグラフィを通してやり続けた人かなと。だからエドワード・ヤンの全作が上映される機会を待ち望んでいます」
――ちなみに『海辺の一日』(83)というデビュー作は観ましたか?
濱口「一応、台湾の方にブルーレイをいただきました。英語字幕がついていたので」
――それは、台湾でしか上映できない映画です。数年前にレストアバージョンができたと聞いて、東京フィルメックスで問い合わせたところ、台湾国内では上映できるけど、海外では上映できないと言われました。
濱口「『牯嶺街少年殺人事件』は、我々の世代だと、VHSで観た人が多いのではないかと。でも、ずっと上映されなかったから、エドワード・ヤンの権利関係はすごく複雑なんだなと思っていました。『海辺の一日』もいつか観られるといいですね」
――エドワード・ヤンの映画はいつも予算オーバーしてしまい、追加で別の出資者にお願いするので、1つの映画にたくさん出資者がいて、調整がつかないのが原因じゃないかとも言われています。『牯嶺街少年殺人事件』もそうだったようですし。
濱口「その話を聞くと妙に納得します。台湾の制作状況はよくわからないですが、日本映画の状況とそこまで大きな違いがないなかで、一体どうやってこれだけ充実した画面を毎ショット毎ショット作り続けていけるんだろうと不思議に思っていたんです。そんなふうに、一旦やりきって、お金がなくなったらまた集めてというのを繰り返すってことは、自分はしたくはないけど、もしかしてあるべき姿かもしれないです。
私はジョン・カサヴェテス監督がとても好きなんですが、カサヴェテス監督もそうやって映画を作っていたようです。また、いろんな出資者がいるとはいえ、エドワード・ヤンは基本的にはインディペンデントな志をもって作っていた人だなと思います。
『恋愛時代』の原題は『獨立時代』です。邦題の『恋愛時代』は日本で配給するには良いタイトルだと思いますし、実際に三角関係や四角関係のような恋愛関係の話にも見えます。恋愛を楽しく賛美するように描いているようにも見えるけど、僕は実際にそうじゃないとも思っています。
あくまでも自分の解釈ですが、チチとミンが最終的によりを戻し、チチがミンのもとに帰っていく。その前に『自分自身は信じることに決めた』と言っていますが、それは自分1人で立つことができるようになったというか、ミンといつでも別れることができる状況に達したから、戻ってきたのかなと。どのキャラクターも自分が属していた関係性から一旦切り離され、都市の時間に巻き込まれない自分の時間を回復していく映画だと思います。だから『獨立時代』というオリジナルのタイトルがあるってことも忘れずに観ていただきたいです」
――では、最後にひと言、いただけますか?
濱口「エドワード・ヤンはもっとも敬愛する映画作家の1人なので、今回お呼びいただいたことを心から感謝いたします。そして、ぜひ『カップルズ』と『海辺の一日』も日本で上映していただきたいです」
第35回東京国際映画祭は、10月24日~11月2日(水)の10日間にわたり、シネスイッチ銀座、丸の内TOEI、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズシャンテ、TOHOシネマズ日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、有楽町よみうりホール、東京ミッドタウン日比谷ほかで開催中。
取材・文/山崎伸子