ロイヤルファミリーの熾烈な教育バトルを描く、“フュージョン時代劇”韓国ドラマ「シュルプ」の新しさ

コラム

ロイヤルファミリーの熾烈な教育バトルを描く、“フュージョン時代劇”韓国ドラマ「シュルプ」の新しさ

韓国の大学入試センター試験、いわゆる「修能(大学修学能力試験)」の季節が今年もやってくる。受験生の送迎のために白バイがスタンバイしたり、リスニング試験中は旅客機の運行が禁止されたりする光景は、学歴社会と言われて久しい韓国ではお馴染みとなった。一方、過剰な教育熱は国内で議論の的になってきたことも事実だ。最近も、尹錫悦政権が打ち出した初等教育の入学年齢を6歳から5歳へ引き下げて早期教育を促す方針に国民が反発し、教育相が辞職する騒動が起きている。

【写真を見る】息子を守るため、ファリョン王妃(キム・ヘス)は今日も宮廷内を駆け回る
【写真を見る】息子を守るため、ファリョン王妃(キム・ヘス)は今日も宮廷内を駆け回る[c]tvN

今秋の新ドラマ「シュルプ」は、朝鮮時代の王宮でロイヤルファミリーを繰り広げる熾烈なエリート教育を描いている。息子や娘を有名大学へ進学させるべく奮闘するセレブたちの受験戦争をテーマにセンセーションを巻き起こした「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」の史劇版とも呼ばれる本作は、メインの放送局であるtvNで序盤から高視聴率を獲得。韓国放送コンテンツ競争力分析専門機関のグッドデータコーポレーションの調査でも、ドラマTV話題性1位、主演のキム・ヘスがドラマ出演者話題性1位に選ばれるなど、今後もさらに勢いを増していきそうだ。本作のように、時代背景を踏まえつつ自由な発想で作られた歴史ドラマは“フュージョン時代劇”と呼ばれ、韓国の大衆的コンテンツの一つとして長く親しまれてきた。今回は、そうした人気ジャンルの娯楽性を押さえながらも新しさを持つ「シュルプ」の魅力に迫りたい。

大女優キム・ヘスも絶賛!新人作家の感性が作り上げた「シュルプ」

謎の疫病が蔓延する朝鮮時代。国王イ・ホ(チェ・ウォニョン)の王妃ファリョン(キム・ヘス)は、世子(ペ・インヒョク)を立派に育て上げ、今はトラブルメーカーの大君(正室の息子)たちに手を焼いている。ある日、世子に重大な病が発覚。その病気は、正統な世継ぎでありながら早逝したテイン世子の持病でもあった。ことあるごとに対立するファリョンとその孫たちを疎んじていた、国王の母である大妃(キム・ヘスク)は、血筋に限らず賢明な後継者を選ぶ制度「択賢」を利用し、後宮の子息から世子を輩出することでファリョンたちを追い落とそうと画策する。

元々先王の側室であった大妃は、息子イ・ホを王にするため、テイン世子が亡くなると正室のユン王妃を王宮から追い出したのだった。その過去と共に、嫡流(王と正室の子ども)としてイ・ホの地位を脅かすユン王妃の息子たちが次々に暗殺されたことを知ったファリョンは、世子の治療に力を尽くし、大君たちの英才教育に奮闘する。

キム・ヘスは20年ぶりの歴史ドラマに意欲を燃やす
キム・ヘスは20年ぶりの歴史ドラマに意欲を燃やす[c]tvN

朝鮮時代という大枠の設定や上位1%の王子たちが受けたという英才教育法以外、「シュルプ」は大部分が架空のストーリーとなっている。ドラマの脚本を手がけたパク・バラは、本作がデビューとなる新人作家で、tvNを運営するCJ ENMが企画した発掘・育成プロジェクト「O’PEN」の第3期生だ。ドラマや映画といったクリエイティブを生み出すシステムを活性化し、新人作家のデビューを支援する「O’PEN」では、製作支援金はもちろん、プライベートな執筆環境の提供や、先輩作家によるメンタリング、シナリオハンティングのための現場取材支援、製作会社とクリエイターを結ぶビジネスマッチングまで強力にバックアップする。

パク・バラによれば、「シュルプ」は2019年、「O’PEN」のカリキュラムとしてソウル市内の古宮、昌徳宮の見学と歴史学者によるアドバイスを借りて企画された。パク・バラは「史劇ドラマの準備のため、当初は本やインターネット情報を探すしかなかった。しかし直接昌徳宮を見学し、専門家の意見を聞いたことで、一人で取り組んでいたときと見えるものが違う」と感想を明かしている。

こうして時代劇としてのリアルなルックにこだわる一方で、既存のジャンルの描写を打破する脚色を施した。例えば、登場人物たちのセリフの調子は現代ドラマとほぼ変わらないため、テンポとスタイルのギャップがユニークに映る。本作が20年ぶりの歴史ドラマとなるキム・ヘスも、「脚本がとても面白く、キャラクターが魅力的で、トーンとマナーが新鮮だった。初めて読んだときからのめり込んだ」と、新鋭の大胆な感性に称賛を送っている。

規格外の王妃、ファリョン王妃の人間味が共感を呼ぶ

 子どものためなら自尊心すら捨てて立ち向かうファリョン王妃
子どものためなら自尊心すら捨てて立ち向かうファリョン王妃[c]tvN

「シュルプ」の持つ新鮮さとキャラクターの魅力は、想像の余地が存分に与えられる“フュージョン時代劇”だからこそ生まれたものだ。そして、膨らませたイマジネーションの中には、作り手の繊細なメッセージも込められている。キム・ヘスが2002年に演じた、強い上昇志向で宮女から正妃に成り上がろうとしたチャン・ヒビンが象徴するように、宮廷の王妃というキャラクターには“気品”や“威厳”、そして正室と側室が火花を散らす描写がつきものだ。確かに、世子と共に教育を受けることができる「陪童」の選抜試験では、「我が息子こそ陪童に」とファリョンや後宮の女性たちがせめぎ合う姿が見られるが、ファリョンが息子たちの教育に熱を入れるのは、嫉妬や独占欲のためではなく、子どもの身を案ずるがゆえだ。ファリョンは王妃としてのプライドなどかなぐり捨て、文字通り息子たちのために宮廷の中を東奔西走する“猛烈母さん”なのだ。

世子の病が悪化し危篤状態となると、王命のため容体を明かそうとしない家臣に「病状を知れば、祈るなり安堵するなり暴れるなり出来るではないか!」と激しく詰め寄る。そして病状にかこつけて廃世子を目論む重臣たちを一喝するのだった。こうしたストレートで人間味豊かな感情表現が、視聴者に共感を抱かせる。さらに、これまで多くの時代劇が主題としてきたのは国政を動かす王とその重臣たちで、女性はただ権力者の愛を奪い合うステレオタイプなキャラクターだった。

「シュルプ」は王妃を主人公にしながらも、母や女性、一人の人間という立場で決断していく姿を描いている。こうした試みには、時代劇の伝統的描写をアップデートすると共に、男性が政治と権力で作り上げてきた歴史を、女性の手で新たに書き換えようとするアプローチにも感じられる。

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