自然界の圧倒的な存在に魂を奪われた者たち…『人生クライマー』山野井泰史と、世界のクライマーが魅せる“挑戦”の軌跡
難攻不落の岩壁に挑み、破れてもなお立ち上がる人々
人間は「不可能」と言われる案件を提示されると俄然燃える生き物だし、「不可能」を「可能」に変えるまで挑み続ける人も少なくない。“フリーソロ”ではないが、アメリカを代表する3人の世界的トップクライマー、コンラッド・アンカー(アメリカ/1962~)、ジミー・チン(1973~)、レナン・オズターク(1980~)の命懸けの挑戦に密着した2015年のドキュメンタリー映画『MERU/メルー』を観てもそのことを痛感する。
彼らが挑んだのは北インドの高度6500mのメルー峰に垂直にそびえ立ち、サメのヒレに似ていることから“シャークスフィン”と名づけられた難航不落の岩壁。過去30年間誰も登頂に成功していなかったが、それだけにこの“悪夢の山”攻略は世界中のクライマーたちの憧れで、コンラッドたちも同様だった。だが、2008年の初挑戦では山頂まで残り100mのところで彼らも撤退を余儀なくされ、大きな敗北感に苛まれる。
しかし、そこで諦めないところが、彼ら世界的クライマーの並の人間とは違う精神だ。映画は2011年9月に決行する3人の再挑戦と念願の初制覇の模様にも圧倒的な映像で迫るが、大自然の脅威に立ち向かう彼らの姿は人間の可能性には限界がないことを実証していて美しい。挑戦をやめない、山野井泰史の生き様とも重なるはずだ。
限界を知らない超人が不可能を可能にする
世界には一般人の常識や理解の範疇を超越した驚くべき“狂人”がいるものだが、Netflixで配信中の2021年のドキュメンタリー「ニルマル・プルジャ:不可能を可能にした登山家」がクローズアップするタイトルロールのネパールのクライマー、ニルマル・“ニムズ”・プルジャ(1983~)は中でも群を抜いてスゴい。
イギリス陸軍、イギリス海軍特殊部隊のキャリアを経て登山家になった彼は、世界に14座ある標高8000m以上のすべての山を7年かけて制覇したラインホルト・メスナーの1986年の記録を6か月と6日間という記録的な速さで塗り替えることに成功。エベレスト、ローツェ、マカルーの頂上に48時間以内に到達した最初の人物としても知られ、2021年には9人のネパールの登山家たちと史上初となるK2の冬季登頂も完遂させている。
「境界線を突破するのが私の仕事」と豪語するニルマルの超人的なパフォーマンスを本作で見ると、上には上がいることに改めて気づかされ、彼らが全身全霊をぶつける山と垂直の壁への興味がより一層深まるかもしれない。
劇映画でもクライマーたちの気分を味わう
恐れを知らないクライマーたちの精神性、彼らが憧れるそびえ立つ頂や垂直の世界の魅力と怖さは、『人生クライマー~』の“語り”を務めた岡田准一と阿部寛がW主演した2016年の『エヴェレスト 神々の山嶺』でも知ることができる。
第11回柴田錬三郎賞に輝く夢枕獏の山岳小説「神々の山嶺」を映画化した本作は、伝説的なイギリスの登山家ジョージ・マロリーの遺品のカメラが縁で出会った山岳カメラマン(岡田)と孤高の天才クライマー(阿部)が前人未踏のエヴェレストに挑戦する姿を通して、山に登ることの意味を探っていく感動巨編。実際にエベレストの標高5200mで撮影も行われている。2021年には同じ原作小説がベースの谷口ジローの山岳コミックをフランスでアニメーション映画化した『神々の山嶺』も作られていて、フランスのアカデミー賞とされる第47回セザール賞で長編アニメーション映画賞に輝いている。こちらもあわせて観ると、クライマーたちの気分が少しは味わえるかも。
いずれにしろ、どの作品も自然界の圧倒的な存在に魂を奪われた人間のあくなき欲望と本物の“生”が描かれていて、引き込まれること間違いなし!『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』を観る前に予習的に観ても、観終わった後に観ても、映画の感動と興奮、山に対する憧憬と畏怖が倍増するに違いない。
文/イソガイマサト