“意図的な余白”が恐怖を煽る「ガンニバル」第5話レビュー。「死産」「祭り」…真相に迫るワード続々
ディズニープラスの「スター」にて独占配信中の「ガンニバル」。柳楽優弥が主演を務め、『岬の兄妹』(19)、『さがす』(22)の片山慎三が監督、『ドライブ・マイ・カー』(21)の大江崇允が脚本を務めるなど、日本のトップクリエイターが集結したオリジナルシリーズだ。山間に位置し、外界から隔絶した供花村に赴任した駐在員、阿川大悟(柳楽)。「人が喰われているらしい」という恐ろしい噂が囁かれるこの村で、ある事件の捜査をきっかけとして、徐々に狂気の世界へ陥っていく。MOVIE WALKER PRESSでは、圧倒的クオリティと実力派ぞろいの俳優陣で贈る、野心的な本作の魅力をレビュー連載でお届けする。第5話は、ライターのSYOが担当する。
※以降、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。
独自の慣習を持ち、異物を排除しようとするムラ社会の恐ろしさ
「ムラ社会」という言葉があるように、共同体としての“村”が持つ特徴は独特だ。連帯とその裏返しとしての排斥――同調圧力と村八分。そこに新任の駐在という“異物”が入ったらどうなるか、というのが「ガンニバル」の骨子といえる。
こうした村という“生き物”の怖さは、国内はもちろん『ドッグヴィル』(03)や『ミッドサマー』(19)など、各国の作品でも描かれてきた。となればこれはもう、人間自体が持つ恐ろしさだろう。『ドッグヴィル』ではだだっ広い地面に白線を引いた演出、『ミッドサマー』は白夜×カルト宗教といった、特異なアプローチで恐怖を浮かび上がらせるのも村モノの特長で、「ガンニバル」においては “食人”がそれにあたる。
ただ、本作においては「後藤家」という一族を異常なまでに恐れる村人という関係性がメインで描かれ、これまで村モノとしての怖さはそれほど注力されてこなかった。しかし、だ。これは意図的な地ならしであり、第3~4話の途中までで後藤家と主人公、阿川の対決が一旦の終結を観たあとに満を持して“村のヤバさ”が襲い掛かってくる。消防団長のさぶ(中村梅雀)をちょっとウザがっただけで爪弾きにされ、「ここで生きていくためには見えざる掟に従え」と暗に強要される大悟一家。そして、ついに「ガンニバル」の本性が見えた!というタイミングで起こる急展開。供花村の恐ろしさを知る超重要参考人、寺山京介(高杉真宙)の登場だ。自分の存在自体が、証拠になるという彼が仮面を取ると…顔の左半分が喰われているという衝撃のシーン。視聴者の皆々様においては、大悟と同じく「嘘だろ」状態だったことだろう。
供花村では戸籍のない子どもを喰っているかもしれない…
そして迎えた第5話では、冒頭から「供花村では喰うために戸籍のない子どもを作っている!?」「もうすぐ行われる祭りで子どもが喰われる!?」というさらなる疑惑が明かされる。 “祭りの本番”というタイムリミットが生じたことで、より早急に真実を突き止めねばならなくなるが、大悟は後藤家はおろか村人とも敵対する四面楚歌の状態。そこに登場するのが、神社の新たな宮司、神山宗近(田中俊介)。怪しげな雰囲気を醸す彼は果たして敵か、味方か…。
そう考えている間もなく、物語はさらなる展開を見せる。京介から連絡が入り、大悟は祭りの準備を抜け出して町のホテルに向かう。そこにいたのは、前任の駐在である狩野治(矢柴俊博)の協力者、宇多田(二階堂智)だった。オカルトサイト「クロニクル」の管理人である彼の証言で、より一連の事件とその裏にある真実の輪郭がはっきりし始める。宇多田の口から語られる異常性――それは「供花村では死産が多すぎる」というもの。小学校の全児童が10人に満たない過疎村で、1年に1人は死産が起こるというのは異様。そこから導き出されるのは、死産と偽って「喰うための子ども」を幽閉しているのではないか?という仮説だ。
時を同じくして、大悟の妻、有希(吉岡里帆)は、さぶが娘の加奈子(山下リオ)を虐待しているのではないか?という疑念を抱く。死産を経験して精神を病んだとされる加奈子は「赤ちゃんが後藤銀(倍賞美津子)に連れていかれた」と主張。有希から話を聞いた大悟は、宗近に会いに行き「銀が助産師だった」という驚くべき真実を知る。助産師だった彼女が黒幕であれば死産を偽装することは可能だが、当の本人は大悟が赴任して間もなく死亡…。大悟は一縷の望みをかけ、加奈子との接触を試みる。